100のお題(1-40)


□016 掴めば、形成された。
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黄砂と花粉と淡い欲望を含んだ生温い風が、情け容赦なく向かい風となって俺に吹きつける。春一番だ。強すぎる南風は俺の髪を巻き上げ絡ませ、挙げ句何事もなかったかのように通り過ぎていく。乱れた髪が世界と俺の間に簾を作り、もともと広くもない視界を狭めた。

咳を一つして、簾の向こうの人となった土方さんを見る。

少し離れた場所にいる土方さんは、ライターで煙草に火をつけようとしていた。強い風ですぐ火が消えてしまうのか苦戦している。歩み寄って、風を防ぐのを手伝った。

「伸びすぎだろ。化け物みたいになってんぞ」

「切りに行く暇がなくて」

年度末はなんだかんだと忙しかったし、こうして新年度となった今もやっぱりなんだかんだと忙しいのだ。散髪をしに行く余裕がなかったというのは嘘ではない。

「休み、やったろーが」

「すみません、働いちゃいました」

わざとらしく可愛い子ぶって言ったら、間髪入れず前蹴りをお見舞いされた。一歩下がって衝撃を和らげる。それでも容赦のない蹴りは俺の鳩尾に当たり、軽い吐き気が喉元までせりあがった。ほんと、この人は加減てものを知らない。

「馬鹿か。避けんなら横行け、戦場なら死んでんぞ」

「死ぬなら過労で、って決めてるんで」

「テメェそれでも侍か」

二発目は仰せの通り横に避けてみせる。それはそれで面白くない、というような顔をして土方さんは携帯灰皿に灰を落とした。

相変わらず風は強い。髪が口に入った。さすがにもう鬱陶しくて、暴れる髪を片手でかき上げる。開けた視界の先で、土方さんは煙を吐きながら空を見ていた。倣って顔を上げる。薄灰色の雲が逃げるように走っている。

「明日休め。で、そのウゼェ髪切り行け」

「明日は…」

「口答えすんな。切腹させんぞ」

「横暴だなあ」

苦笑しながら土方さんに視線を戻す。不機嫌そうな横顔だ。自分だってここ暫くろくな休みなんて取っていないくせに。

携帯灰皿に吸殻が仕舞われる。時計を見ればそろそろ頃合いだった。土方さんが踵を返し、歩き出そうとする。

音をたてて、一際強い風が吹いた。

髪を押さえていた手を離す。再びおりた簾が暴れて、視界と心をかき乱した。湿っぽい風の香りが感傷を誘う。強い風の音は不安を呼んで、胸が、軋んだ。

飛ばされてしまいそうだ。この人も、俺も。

時代ごと吹き飛ばしてしまいそうな、強い風に。

それでも一人突き進もうとするこの人に、俺がしてあげられることはなんなのだろう。



 
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