100のお題(1-40)


□019 ふうっと吹けば
1ページ/1ページ


「デッドスペースって言うんだぜィ?」

「この階段裏のことアルか?」

「此処とか、こーいう無駄に余って使われてねェ場所のこと」

「私たちが使ってるアル。命の恩人ネ」

「捨てる神あれば拾う神ありだな」

廊下の窓から射し込む光も、この場所を照らすことはない。薄暗く、つめたい空気が停滞した世界の片隅のようなスペース。用務員の掃除すら行き届いておらず、床には埃が溜まっていた。
制服が汚れることなど考えず、沖田と神楽は並んで座り込んでいる。

飲み終わって空になったペットボトルを、沖田は神楽の頬に押し当てた。キャップが僅かに柔らかな頬を凹ませたと思えば、すぐに押し返される。片頬だけを膨らませた神楽は、大きな飴を口に含んだ小さな子供のようだ。

もう一度押すと、唇の隙間からは一気に空気が漏れ出た。狭い空間に響いた下品な音に二人は笑って、けれどすぐに口を閉ざす。

静かになったデッドスペースに、近くの教室から授業の音がうっすらと届く。すぐ近くではないが、そう遠くもない。あまり騒げば見つかってしまうだろう。

吹けば飛ぶような危ういバランスで成り立つ二人の逃避。

神楽は目を丸めて息を潜め、近づいてくる者の気配はないかと窺っている。その表情は捕食者に怯える小動物のようで、可愛らしかった。

こんな時、庇護欲よりも独占欲がくすぐられるのが沖田という少年だ。神楽が自分以外を気にするのは面白くない。

沖田は神楽の唇に、ボトルの先を押し当てた。頬より柔らかな感覚が、もう用無しとなった無機物を伝わって少年の体に到達する。ゴミも、使い方次第ではなかなか楽しませてくれるものだ。愚かな大人たちはきっとそれを知らない。

かりっ、と僅かな振動がくる。発信源を見れば、神楽がキャップを前歯で挟んでいた。瞳が挑戦的な光を放っている。望み通りの反応を受けて、沖田は満足気に口の端を上げた。

手を離しても、ペットボトルは空中に留まっている。

「何秒もつかねィ…」

そう囁いて、沖田は神楽の下唇の端を舌先で舐めた。









100のお題

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ