100のお題(1-40)


□021 そのこころに、じゅう。
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やけいしにみず。

そう呟いて、長靴履いた右足を水溜まりに突っ込んだ。勢いよく水が跳ねる。

それぞれの雫は一瞬のきらめきを残して、みっともなく地面の染みになった。秩序もなければ詩情もない、ただの八つ当たりの産物だ。この歪な水玉模様だって、午後の日射しですぐ消えるのだろう。

そして私の歩む道に残る右足の跡もまた同様に、無意味だ。

「雨なら大分前にあがったぜィ?」

「お前には関係ないアル」

「不審者を取り締まんのもお巡りさんの仕事だからねィ」

俯いた私の視界には、アスファルトと薄汚れた黒靴。どうも会いたくない時に限ってこの男は現れる気がする。

違う。会いたい時なんてそもそもないのだ。いつだって、こいつとの遭遇は不本意で不快な出来事でしかない。

私は、何時間も町を歩いていた。その間中ずっと諺の意味を考えていて、こいつのことなんてこれっぽちも思い浮かべようとはしなかった。

会いたくなんてなかった。

断ち切りたくて、忘れたくて、そのために私は雨降る町と雨上がりの町を歩き回っていたのに。

「で、何やってんだ?」

とん、と乾いた傘が叩かれる。

隠した顔が熱い。

飛び散って今はもう消滅してしまった水滴が、心の中できらきらと鳴る。

足跡はまだ残っているだろうか。振り向いて確かめる余裕はない。今日も私の目標は達成されなかった。

無駄な足掻きだとはわかっていた。もしもこいつに会うことのないまま日が暮れるまで歩き回ったとしても、私は何も変わらなかったろう。

どれだけこの熱を冷まそうとしたところで効果はない。焦がれる心は自分じゃ抑えようがない。

それこそもう

やけいしにみず、なのだ。










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