100のお題(1-40)


□033 ほら、そこにいる。
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「…見んな」

高杉はそう呟くと、俺が応じて目を瞑るのも待たず、床に散った髪を乱雑に集めて、その一房で目元を覆った。揺れる瞳は闇の奥に消え、熱い身体と吐息と、引かれる髪の感覚が強く主張する。

口の中を引っ掻き回されるような荒々しい口付け。舌の先の刺激が戦で昂った身体を一層熱くさせる。

「…ん…っ高杉」

「っ…呼ぶな」

今度は口を覆われた。口内に数本の毛が入り込み、舌や粘膜に貼り付く。掻き出したい衝動を、薄い布団を掴んでやり過ごす。

髪の一房と一房の隙間から鼻だけが顔を出して、血と硝煙の臭いを吸い込んでいた。すっかり嗅ぎ慣れたはずなのに、何故か鮮烈な印象を受ける。雨の臭いが混じっているからかもしれない。

両手に俺の髪を握った高杉は、少しの間そのまま静止していた。

「…出るなつっただろォが…」

喉奥から絞り出されたような声が俺を責める。前線には出ないという約束。それを今日反故にした。理由あってのことだが、唇を自らの髪に縛られているのだから弁明のしようもない。

闇に手を伸ばし、高杉に触れた。耳の上から後頭部へ指を進ませ、無抵抗なその身を抱き寄せる。するりと、拘束が解かれた。

視界に薄明かりが射す。
雨の臭いが深くなる。

「お前まで失ったら…」

胸元に落とされた小さな一人言は、くぐもっていてよく聞こえなかった。


土砂降りの戦場跡地で、生き残った子供が泣いている。


なあ、俺だってそうなんだよ。

お前まで失ったら。そう思ったらもう、一人で待ってなんかいられなかった。

「馬鹿野郎…」

「…高杉」

顔を覆っていた髪を取っ払い、もう一度名前を呼んだ。旋毛に口付けを落とすと、お返しとばかりに胸を舐められた。心臓の形をなぞるように、鼓動を確かめるように、舌はゆっくりゆっくりと動き続ける。


置いて行かないで。

一人にしないで。


雨。湿る胸。

止まなければいいと、願う心は同じで。







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