高校生2
□目覚め
2ページ/3ページ
受付で入室の手続きを済ませていると、顔見知りになった看護師が近付いてきた。
「今日も、駄目だったわ」
時候の挨拶をするように自然で、けれどやや残念そうな声音。予想していた言葉に、俺は無言で頷いた。
看護師は励ますような笑みを浮かべ、簡単な別れの言葉を告げて去って行く。
記入を終えた用紙を提出し、俺は看護師とは逆方向へと足を踏み出した。
特殊なケース故に、土方には個室が与えられている。
ノックをしても返事がないのはいつものことなので、少し待ってから勝手に引き戸を開いた。
少しクリームがかった色の壁紙に四方を囲まれた部屋。広すぎも狭すぎもしない空間の奥に、白いベッドが一つある。
備え付けの棚の上に鞄を置き、ベッド横に並んだ椅子のうちの一つに腰を下ろした。この左端の席には、いつもなら坂田が座っている。俺が一人で来るのは、初めてだった。
「今日も、食わなかったんだってな」
俺の言葉に返事をすることもなく、土方はぼんやりと天井を見ている。あの日から、ずっとこうだ。なにも見ず、なにも語らず、脱け殻のように、ただそこに在るだけ。食事もとろうとしないその痩せ細った腕には、点滴の管が伸びている。
せっかく多少は人間らしい体つきになってきたというのに、あっという間に出逢った頃と変わらぬ状態になってしまった。否、食べようという意思があった分、あの時の方が余程マシか。
「なァ、何で食わねェんだ」
「…………」
答えはない。
「土方」
見向きもされない。
「なんか、言えよ……」
いつもは無駄に饒舌になった坂田が、反応の有無に関わらず喋り続ける。だから気付かなかった。
この静けさと虚無感を、俺は知っている。
お前の存在に価値はないと、言葉よりも雄弁な態度でもって示されるこの感覚。
「んだよ……、とうとう……、見捨てられたか……」
思ったことが、そのまま口から出た。唇の震えがそのまま言葉に伝わり、情けない音が響いて消える。否、震えているのは体全体だ。寒いわけではないのに、止まらない。
いずれこうなる日がくると、知っていた。知っていて、どうにか逃れようと足掻き続けてきたのだ。いつか俺が大丈夫になるまでは、と勝手なことを願いながら。
「土方……」
「…………」
土方は、やはり俺を見ない。
壁の時計が音もなく時を刻みつけていく。戻りも止まりもせず、無慈悲なほど正確に、ただただ時は過ぎた。心寒い場所に俺を置き去りにして。
嫌だ。
俺にはもう、耐えられない。
いつか強くなれると信じながら、その実、俺はすっかり弱くなっていた。
「……一人に……、しないでくれ……」
縋りつくことの無意味さなら知っていた。それでも、手を伸ばさずにはいられなかった。