話4
□拙い願い
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「どうして、俺の命令を聞かなかった?」
「っ……、申し訳ございま、せん……」
「謝罪の言葉なんざ求めてねェんだよ」
「……っ」
露出した肩と胸に、繰り返し繰り返し、烙印を押す。
暖炉の燃える狭い部屋には、肉の焼ける臭いが充満していた。
「殺してでも逃げろって言っただろォが……、それとも、喰われたかったのか?」
瞬きの間に消える焼け痕を苛立たしい気持ちで眺めながら、高杉は冷淡な口調で問いかけた。
逃げなかったのではなく逃げられなかったのだと理解はしているが、だからといって許してやろうという気持ちにはならない。
本当はただの八つ当たりだ。何より一番許せないのは、阻止できなかった自分なのだから。
「……おまえを傷つけても意味がねェな」
「え……、っ!」
土方の横面に思いきり蹴りを入れると、縛り付けた椅子ごと床に倒れた。自分を見上げる土方の目の前で、熱した烙印を己の肩に押し付ける。
「晋助様っ!」
シャツ越しに焼けるような熱を感じた瞬間、焼きごてが奪われた。
拘束を解いた土方が金具の先を握りこんでいる。指の隙間から細い煙が立ち上ぼり、肉の焼ける臭いは一層強くなった。
今にも泣き出しそうな目で、土方は高杉を真っ直ぐに見つめている。
「それだけは、お止めください……」
「……もういい。離せ、十四郎」
そう言って高杉も手を離すと、焼きごては金属音をたてて床に落ちた。
焼きかけた肩は少しひりつくが、痕がつくには至っていないだろう。目をやれば、シャツがうっすらと焦げていた。
「大丈夫ですか?すぐに氷と薬を」
「いらねェ」
「ですが」
「舐めろ」
どうせ大したことのない傷だ。適切な処置をせずとも、長い月日の間に薄れ、消えていくだろう。
「かしこまりました」
恭しく頭を下げ、土方は高杉のシャツのボタンを外し始めた。生真面目な手つきによって、胸元が開かれていく。暖炉で熱した部屋が暑すぎるせいか、高杉の身体は僅かに汗ばんでいた。
「……っ」
土方の冷えた舌が火傷に触れた。過度な刺激にならぬように気遣っているのか、這うようなゆっくりとした動きで舐めあげられる。
眼下の黒髪は、炎を反射して艶やかな色彩を放っていた。なんとなくその煌めきが気に食わず、手を翳して赤い光を遮る。
「……来年は、絶対に俺から離れるんじゃねェぞ」
「はい」
おまえは永遠に俺の闇の中にだけ居ればいいんだ。胸のうちで、そう付け加えた。
終
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