話(連載)

□1
2ページ/4ページ


「つまりよォ、俺らはその化け物をぶち殺しゃァいいってことだろ?ったく最初からそれ出しとけってんだ」

狭いバーに男の声が響く。
あまりに軽いその物言いに、カウンター越しに立つ河上は少し呆気にとられた。
この写真を見て、この話を聞いても動じぬかと、目の前に座る酔客をサングラスの奥から値踏みするように見つめる。
いくら高額な賞金がかかっているからとは言え、少しの躊躇もないとは。
とうの高杉は相変わらず平然とグラスを煽るばかりだ。

この男は今、酔って気が大きくなっているのかもしれない。否、単にこういう反応しか出来ないのだろうか。
出会ってまだ一週間。しかも前回の案件は腕試し程度の軽いものであった。だから高杉がどれほど高い能力を持つ人間なのか、そこまではまだ判断出来ていない。それなりにはやれるようだという認識だった。

しかしそれだけが理由でもない。
腕に自信があるからこその態度と素直に捉えられなかったのは、自分がこの事件に並々ならぬ恐怖心を抱いていた所以もあろう。

この裏の世界で、決して短くない年月を情報屋として過ごしてきた。凄惨な事件なら幾らでも知っている。
何度か危険な目にあったりもしたが、全て自力で潜り抜けてきた。戦闘能力にはそれなりに自信がある。

しかし、それでも怯まずにはいられなかったのだ。

カウンター上の三枚の写真に視線を落とす。
とても人間を殺したとは思えぬほど形の崩れた死体がそれぞれに写っていて、何度見ても胸が悪くなる。

こんな化け物を追い求めてくるなんて、いくら腕がたつ賞金稼ぎだろうとどうかしている。

「なァ万斉、もう一杯」

「…飲み過ぎでござる」

それにしても毎晩毎晩よく呑むものだ。この姿だけ見ていればただのアル中だとしか思えない。
すっかり飲み干されたグラスを取り上げ、新しくミネラルウォーターを注いだグラスをカウンターに置いてやる。

「これじゃねェ。酒出せ」

「先に、契約の話でござろう?」

睨み付けてくる隻眼の前に、胸ポケットから出した小さな紙を差し出した。高杉はあからさまに嫌そうな顔をする。

「そォいう面倒なことはあいつにやらせろって言ったじゃねェか」

そう言って、高杉は自分の背後を何かを放るような手つきで示した。
なぞるようにその先を見る。連れの男が一人、毎夜のようにダーツに興じていた。狭い店だからこちらの会話は聞こえているはずだが、ちらりとも視線を寄越さない。

矢を放つのに集中するあまり何も耳にはいっていないのかもしれなかった。そう思わされるくらい、男の周りには緊張が張りつめている。
そして男の放った矢は、先着していた二本と同じように見事に的の中央をえぐった。

河上は感心の溜め息を洩らし、再び高杉へと視線を落とす。大人しく水を飲んでいたので少し安心した。

「今回はどっちのサインも必要なんでござるよ」

「そんだけ大層な相手ってか…」

そう言って一つ息をついた高杉はなんだかとても愉しそうな顔をしている。
なんてことはない、この男も化け物なのだと、密かに納得した。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ