話(連載)

□目を剥いて幸せだって言えよ!
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「連絡くれたら迎えに行ったのに〜」

「今更言うなよ…」

びしょ濡れで帰ってきた晋助を、母親はせんべいの袋を持ったまま出迎えた。後ろから小走りにやってきた十四郎がバスタオルを渡してくれる。

「大丈夫か?」

「なんてこたァねーよ」

心配そうに聞く十四郎に頭を拭きながら答えた。暖かい春の雨だから風邪をひく心配はないだろう。しかし十四郎の顔は晴れなかった。やはり自分がいない間は不安だったのかもしれない。こんな顔をさせるくらいなら学校になど行くんじゃなかった。

「久々の学校はどうだった?友達できた?」

「いや、別に友達作りに行ったわけじゃねーし…」

突っ立ったまませんべいを口に入れる母親の質問は、いつも通りどこかずれている。晋助は脱力した。迷惑な家庭訪問を止めさせるために学校に行ったのだと知っているはずだし、大体晋助が友達を作ってきたことなどこの数年間で一度もないのだ。

その横で十四郎はせっせと晋助の鞄を拭いていた。一日の大半を共に過ごすこの二人の行動を眺めていると、時々どちらが本当の母親なのだかわからなくなる。
むしろ近頃では十四郎の方がよほど母親らしかった。家事の大半を担っているのだから当然かもしれない。もともと怠け者の実母は十四郎という息子がよく働くのをいいことに、一日の半分を韓国ドラマを見るのに費やしている。

「あ、シャワー浴びるついでにお風呂洗っておいてね〜」

まだ濡れている実の息子にそう言い放ち、母親は足取り軽くリビングへと戻って行った。そしてすぐに再生ボタンを押したのだろう。意味はわからないもののすっかり聞き慣れた言語が玄関にいる晋助たちにも届いてきたのだった。

「息子より韓流かよ…」

思わず突っ込みを入れた晋助に十四郎が否定とも肯定ともつかない笑みを浮かべて応える。

まだ湿った手が自然に伸びて、十四郎の頭を撫でた。柔らかな髪の手触りが、少しささくれだっていた晋助の心を癒す。

もうこれ以上誰にも傷つけさせないと、晋助は改めて胸に誓った。






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