話(連載)

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「高杉、火」

土方の声に応じ、高杉は常に携帯しているマッチの一本に火を灯した。僅かな光ながら、漆黒の闇に慣れた目には強烈な明りに映る。
土方にその一本を渡し、自らのためにもう一本を擦った。
高杉はマッチを擦る時の感覚が好きだ。加減を間違えれば折れてしまう小さな木片を、ギリギリまで力を込めて箱の側面で擦るこの感覚。賞金稼ぎである自分の生き方を凝縮したような、スリルがある。

明るくなった路地裏には、火と血の匂いが満ち満ちていた。土方と高杉は二人、狭い道に並んでかがみこむ。
まず照らされたのは赤黒い血だ。二人の持つマッチの火の範囲では、それ以上は確認出来なかった。
酔いもさめたので、高杉の気分が悪くなることももうない。むしろ、胸は悪くなるどころか踊っているほどだった。自分でも趣味が悪いとは思う。

高杉は手を伸ばし、光の範囲を広めた。そこで姿を現したのは、先程バーカウンターで見せられたような、人間の残骸だった。

「当たり…か」

「ひでぇもんだな」

凄惨な死体など見慣れている二人の会話は淡々としたものだ。
賞金稼ぎとして危ない橋を何本も渡ってきたコンビだ。猟奇殺人の現場に居合わせたこともある。実験の果てに人外の姿にされた者の死体だって見てきた。個々になったパーツだって、人体をコンプリートする勢いで見ている。

しかし、やはり今回の一件は今までのものとは性質が違うように思えた。
高杉は血を踏まぬように気をつけつつ、更に死体ににじり寄る。
腹部には大きく抉られたような穴が開き、そこにあるはずの臓物は綺麗になくなっていた。そのためか、思いの外臭いはキツくない。
顔の方に明かりを寄せて見ると、頬肉と眼球がなくなっていた。

写真で見たときは、精神異常者による快楽殺人の類かと思っていた。なにか歪んだ思想を、社会に見せつけようとしているのではないかと。
けれど実際に見て感じたのは、首を傾げたくなるほどの作意のなさだった。まるで肉食獣が残した、食べかけの肉片のような。考えてみれば、見事に柔らかい部分がなくなっているではないか。

「こりゃァマジで化け物だ」

信じられないようなやっぱりかと思うような、そんな気持ちで高杉は嘆息する。

「んなわけねーだろ、この御時世に、こんな街中で。俺は絶対に認めねーからな」

たしかに、この御時世この街中、可能性など限りなく低い。これまでの依頼でもその類に遭遇したことはない。しかし、有り得ないと言うのなら。

「これはどう説明すんだァ?」

「イカれた臓器ブローカー」

間髪いれずに返ってきた言葉に苦笑を洩らす。一体どれだけ信じたくないのか。無意識の防衛本能というものなのだろうか。

「…なくもねェが。新鮮な臓器を取るには場所が悪ィだろ、衛生的に」

「どっかで取って、捨てにきた」

「にしちゃァ血の量が多すぎねェか?」

死体の前で二人、睨み合う。睨んでいるのは土方のみで、高杉はそれを受け流しているのだが。

「オメーはいちいち細けーな!」

どうやら沸点を超えたらしい土方の怒声が、路地裏に響いた。 
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