話(連載)

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「なんでそこまで化け物を怖がるかねェ。昔は人間と共存してたって言うじゃねェか。現に俺みてェな奴もいるしよォ」

大声を出した自身に驚いたのか、土方は返事すらせずに体を硬直させている。その肩に高杉は手をかけた。触れた体が僅かに震えているのに気付き、眉をしかめる。まさか今頃になって死体に怯えだしたということもなかろうに。

「おい、どうしたァ?」

「来る…」

「あ?」

「犯人…っ」

「犯人は現場に戻るってか?ついてるじゃねェか、即日解決とは。うまい酒が呑めそうだ」

高杉はそう言いながら、マッチを振って火を消した。闇に慣れておいた方が安全だ。高杉の場合、戦闘においてはあまり意味のないことでもあるが。
土方はマッチが燃え続けるのも気にせず、まだ棒立ちしている。体の震えはますます大きくなっているようだった。
高杉は土方の頬を軽く叩く。なにやら嫌な予感がした。明らかにこの土方の状態は異常だ。

「おい」

「…背中、熱ぃ…なんだよコレ…体中ざわざわして、血が…沸騰してるみてーで…!」

「…マジかよ…」

高杉は土方のマッチを無理やり奪い取り、火を消して投げ捨てた。辺りはまた完全な闇に戻る。隻眼には何も映らない。
撤退という言葉が頭によぎる。否、それどころではない。この依頼から手を引かなければならないかもしれない。

土方の身に起こった異変、高杉はその原因心当たりがあった。しかし、実際に起こるとは思ってもいなかった。

「退くぞ」

ここで戦うのは得策ではないと判断し、高杉は土方の腕を引いた。
そして一つ舌打ちをする。石のように硬く、焼かれた鉄のように熱くなった土方の体は、僅かたりとも動かなかったのだ。

まずい状況だった。気配を感じただけでここまでの異変が起こるなら、対面した時どこまで封印が持つのかはわからない。

こちらに向かっているのが予想通りの生き物ならば、おそらく高杉にも土方にも勝ち目はないだろう。連携すれば勝機を見出せる可能性もあるが、土方の今の状態で戦えるとは思えない。
下手をすれば土方までもが高杉に攻撃を加えてくる可能性も、ないとは言えなかった。そうなれば自分に待つ未来は間違いなく、今足元にある死体と同様だ。否、自分だけではない。多くの人間が斯様に悲惨な結末を迎えることになる。

それを避けることが、高杉に課せられた使命だったはず。

「しっかりしやがれ!近藤が泣くぞ!」

近藤という言葉をかけた途端、土方の体からは力と熱が逃げていった。いつものことながら、近藤の名は効果覿面だ。少し癪だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

「土方、俺を持ってけ。情報屋のとこまで」

「いいのか?」

「言ってる場合じゃねェんだよ、早くしろ」

土方の頷く気配があり、高杉の体は持ち上げられた。荷物のように、片側の肩にぶら下げられる。高杉は吊られた状態から、器用な手つきで素早くキセルを取り出し火をつけた。煙を吸い、吐き出す。血肉とマッチの匂いばかりだった路地裏に、化学物質の匂いが僅かずつ混ざっていった。

「いいぜ」

その声に従い、土方の足は来る時の何倍ものスピードで走り出した。
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