話(連載)

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「拙者、客のことは話さぬ。信用第一の商売でござるからな」

「生意気なことを言うな。我々にはお前を処分することも出来るんだ」

「はて、そうでござろうか」

見慣れた男と見慣れぬ男が静かに火花を散らしあっている。それを横目で眺めたり酒を呑んだりしながら、来島は暇を持て余していた。

さっさと終わらないっすかねぇ、と何度目かもわからなくなった溜め息を洩らす。いい加減強制終了でもしてやりたい気分なのだが、相手が政府の人間だから手が出せない。ここでうっかり指名手配犯にでもなれば、これまでうまくやってきた苦労が水の泡だ。

そんなお利口な自分とは違い、万斉はバカみたいに男と張り合っている。来島が来たときには既にこのような状態だった。詳しくはわからないが、どうやらとある指名手配犯が立ち寄らなかったかと聞かれているらしい。
そんなものさっさと答えればいいのにと来島は思うのだが、万斉なりの職業倫理がそれを許さないようだった。
長い付き合いなので万斉の頑固さはよく知っている。脅しなんかで自分を曲げるような男ではない。
だからさっさと政府の側が諦めるようにと願っていた。諦めるふりでもいい、とりあえず今は去ってほしいと。
しかし来島の見立てでは相手も相当の頑固者。自分の人間を見る目には自信がある。女だてらに賞金稼ぎをやってこれたのはこの目と射撃の腕があったからだ。
今回ばかりは見間違いであってほしいと思わずにはいられなかったが。

「貴様のやっていることは市民の義務に反している」

「黙秘する権利というものも市民にはござろう?」

大の大人がなに言い合ってんだか。義務だの権利だのどうでもいいから、力づくで聞き出すなり追い出すなりすればよいものを。溜め息をつくと、呼応するようにグラスの中の氷が鳴った。

来島はまどろっこしいものや曖昧なものが嫌いだ。突き進むか退くか、その二つしか基本的に選択肢はない。
だから本当はこんな茶番は無視してもうさっさと帰ってしまいたいのだ。しかしどうしても今夜のうちに万斉に金を借りる必要があった。
明日は馴染みの店でバーゲンがある。さっきたまたま会った同業者に聞き、慌ててここにやってきたのだ。

万斉は情報屋であり、賞金稼ぎのみを相手にした金貸しでもある。来島もこれまでに何度か世話になったことがあった。賞金稼ぎなんて博打のような仕事は、金がある時とない時の差が激しいのだ。
そして今回は運悪く、ない方の時だった。

出来れば朝早く行って一番に並びたい。けれど徹夜は肌の大敵だからしたくない。だから一刻も早く金を借り、帰って眠りたいのだ。

なのに、このバカ男共は!

こうなれば万斉の首でも締め上げて吐かせようか。そうすれば謝礼を貰えるかもしれない。いよいよそんな物騒なことを考え出す。

まぁ、ダーツでもやってもう少しだけ待ってやろう。
そう思い直して立ち上がろうとした。途端に、直感が来島の体の動きを止めた。何かが起こる。そんな気配の原因を突き止めようと神経を研ぎ澄ませる。

カウンターの向こうに立つ万斉に目をやると、同じように神経を尖らせていた。いつも飄々としている男とは思えない顕著な変化。ただし大抵の人間にはわからないだろう。
政府の男は何も察知していないようで、ただ万斉を睨みつけながら突っ立っていた。口ばっかり達者の坊っちゃんが、と頭の片隅で毒づく。けれど意識のほとんどは店の外へと向けられていた。

来島たちは何者かが店の前に佇んでいる気配を感じていたのだった。
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