話(連載)
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「なんでまたこうなるんすかー!?」
そう叫びながら、先頭を走るまた子は両手の銃の引き金を交互に引いた。音が響くのと同時に前方にいた二人の兵士が悲鳴をあげて崩れ落ちる。
また子たちは走る足を止めることなく、倒れた体の脇を走り抜けた。これで既に十人は倒したことになる。宿を急襲されてから数分の間の出来事だ。おそらく自分たちを探している兵士が近辺に何人もいたのだろう。次から次へと現れて鬱陶しいったらない。
「敵ながら天晴れですね。まさかこの私を逆探知するとは」
「あんた本当に伝説のハッカーすか!?」
後方を睨み付ける。その瞬間、前方の角から銃を持った男達が飛び出してくるのが横目に映った。今度は五人だ。僅かに反応が遅れる。
銃撃戦においてはその僅かな時間が命取りだ。早撃ちを得意とするまた子とて、一度に五発撃つことは出来ない。おそらく一人には撃たれる。
幾多の死線を潜り抜けた自分がまさかこんな初歩的なミスを犯すなんて。
殺られる、そう思った。
しかし敵方の銃が発射されることはなく、どさりと地に伏す音だけが路地の上に重なった。
何が起きたのかわからず、唖然とする。
いつの間にか、また子の前には派手な着物を纏う高杉の背中があった。その右手には赤く濡れた一本の刀が握られている。それを見て、ようやく高杉が五人を斬ったのだということがわかった。
けれど、何も見えなかった。発射された弾丸でさえ見ることの出来る動体視力を有するまた子だ。その目にすら映らぬ速さで動いたというのだろうか。
「集中しろ、また子」
高杉が振り向いて言う。その手にはもう刀はなく、いつものように隻眼が自分を見つめていた。
鼓動が、とんでもない速さで跳ねている。これは死に直面したせいだろうか。否、違う。そんな日常的でロマンのない事象ではない。
これは恋だ。途方もない強さでもって命を救ってくれた恩人に、自分は恋をしたのだ。
「やはり素晴らしい…」
後ろから武市の嘆息する声が聞こえた。それに同意するように強く頷く。素晴らしいどころでは足りない。けれどまた子の数少ない語彙では彼をそれ以上の言葉で褒め称えることは出来なかった。
「お主、やはり昨日は手を抜いていたでござるな?」
「さて、どうだかなァ」
高杉は含み笑いを見せ、走り出す。その背に舞う蝶に誘われるように、また子たちも駆けた。
「衛星はまだ復旧してないんでござるな?」
「えぇ。あと十五分はかかるはずですよ」
「それまでにまたどっか隠れねェとなァ」
隣でさも愉快そうに笑う高杉の顔をまた子はちらちらと見やる。もちろん前方にだって気は配っていた。同じ失敗はしない。
次は高杉が見惚れてしまうほどの戦いをしてみせる。また子の心は敵の襲来を待ち望んですらいた。
「あの、宿の修理費請求していいんですよね?」
「いや、お前もう戻れねーと思うぞ。こんな犯罪者匿ってたんじゃ」
そんな宿屋の主人と土方の会話が後ろから聞こえてくる。
そう、もう後戻りなんて出来ないのだ。