話(連載)
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「新ちゃーん!」
一陣の強い風が室内に吹き荒れ、和菓子を包んでいた色とりどりの小さな紙が銀時たちの周りを吹雪のように踊った。桂の長い髪が絡み、エリザベスは吹き飛ばされかけ、その後ろの掛軸は大きく靡く。
誰もが呆気に取られる中でも、最も驚いたのは名前を呼ばれた新八だった。懐かしい声、懐かしい風、そして懐かしい姿。故郷に残してきた姉が、目の前にいた。人嫌いで、何度誘おうと山を下りようとしなかったのに。
「あ、姉上?どうしてこんな人里まで…」
「もう、心配したのよ!あなたがこんな危ないことに首を突っ込むなんて!」
「痛い!姉上、痛い!すんまっせーん!なんかすんませーん!」
姉の暴力は昔から容赦がなかったが、久しぶりのせいか威力を増しているような気がした。必死で謝る新八を助けようとする者は誰もいない。全員気圧されていたし、新八が大袈裟に騒いでいるだけだと思ったのだ。傍目に見れば微笑ましい再会と言えなくもなかった。
「あいつ姉ちゃんなんていたんだな」
「銀ちゃん、精霊ってのは兄弟がいるのが基本アルよ」
「なんだ、お前もいんのか?女か?」
「ろくでなしの兄貴アル」
それを聞いて、銀時はつまらなさそうに欠伸をする。まだ包みを開けていない和菓子を手に取り、適当に紙を破いて中身を口に運んだ。新八の姉とやらが反対してくれるのは銀時にとっても喜ばしいことだった。神楽もこれで諦めるかもしれない。桂だって無理強いはしないだろう。今のうちに和菓子をたらふく食べてさっさと帰るのが一番だ。
「お妙さーん!」
「だ、誰か呼んでますよ?」
「そんなことはどうでもいいの!帰るわよ!」
姉を呼ぶ野太い声が建物の外から聞こえた。新八が心配そうな表情を浮かべるが、妙は気にする様子もなく弟の手を引いて部屋を出て行こうとする。
その二人の前に立ち塞がった男がいた。
「どうでもいいたァ言ってくれるねィ、恩の恩も仇で返しやがって」
正確には男たち、だった。憎々しげな表情で妙を見下ろす男は、屈強そうな男二人に両側から拘束されていた。
「あら、仇なんて人聞きの悪い…あなたたちが勝手に不審者扱いされただけでしょう?」
「てめぇ…!」
「よせ、総悟!」
拘束から逃れ出ようと暴れる男を一喝する声があった。先程妙を呼んだ野太い男の声だ。総悟と呼ばれた者の動きがぴたりと止まる。障子戸が目一杯開かれ、新たな三人組が室内に入ってくる。中央で拘束されているのが声の主であるようだった。
「何があった?」
絡まった髪を直しながら、桂が強張った声音で訊ねる。
「突然敷地内に入ってきて…」
「とりあえず…捕らえてみました」
答える部下たちの声もぎこちない。困惑しているようだ。こんな事態が起きたのは初めてなのかもしれない。銀時と神楽は様子を見守りながら、相変わらず和菓子を口に運び続けている。
「お前たち、俺に何か用か?」
「俺は、愛の戦士だ!お妙さんのためにここまで来た!」
体躯の大きい方がそう答える。言っていることの意味はよくわからないが、真っ直ぐ桂を見据える目に悪意は感じられない。初めて会った人間だが、信じても良いと思わせる雰囲気を持った男だった。
「俺らの仕事はその女をここまで送り届けることでィ。別にお前らが何企んでいようが興味はねェ。…さっさと離さないと噛み殺すぜィ?」
少年の方は明らかに悪意を剥き出しにしている。しかし先程のやり取りから察するに、同行の男の言うことは聞くのだろう。少なくとも、桂たちに害をなすために来たわけではなさそうだった。
「よくわからんが…離してやれ。話を聞こう」
未だ直らない髪を気にかけながら、桂は四人の部下たちにそう命じた。