話(高校生連載)

□前髪 走る風 文明の利器
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電車に乗って降りて、バスに乗って降りて、歩いて止まって、また歩いて。潮の匂いを頼りにここまで来た。
シーズンの盛りには、まだ少し早い。
人のいない小さなビーチはゴミだらけで、曇り空を映した空はのったりと波を動かしていた。哀しくさせる、景色だった。

道路から砂浜に降りるための階段の、下から三段目に山崎と並んで腰を下ろす。
湿り気を含んだ風が、切りすぎた俺の前髪を揺らした。

「食べます?」

山崎がチョコボールの箱を振った。からからと懐かしい音がする。なんでチョコボール?よくわからないが、貰ってみることにして片掌を差し出した。

肌が少しずつ汗ばんでいく。

山崎は俺の前髪についていまだに何も言わない。触れないようにしているのだろう。こいつらしい気遣いが嬉しいような、腹立たしいような。
それでも、坂田でも高杉でもなくこいつを誘ったのだから、俺はそれを求めていたんだろう。

口の中で嬲っていたチョコが溶けたから、残ったピーナッツを噛み砕いた。

「銀2つ持ってるんですよ」

「は?」

「銀のエンゼル。集めるとおもちゃの缶詰貰えるんですけど、知りません?」

「知らねェ。つーか欲しいか?」

「なんかここまできたら手にいれたいなって」

「ガキかよ」

鼻で笑ってやると、当たっても見せてあげませんからと尚更子供くさいことを言われた。

胸ポケットで携帯が震えた。坂田か、高杉か。坂田の方が確立が高いだろうと、あえて確認せずに通話ボタンを押し込む。

「おう」

「おいテメェら何処にいやがんだァ?」

予想は外れ、聞こえてきたのは高杉の(めちゃくちゃ不機嫌そうな)声だった。

「さぁ、何処だかなァ」

顔を覗き込んできた山崎に、たかすぎ、と口パクで伝える。

怒気を帯びた空気が電波に乗って俺の右耳まで伝わってきた。額に皺を寄せた表情が容易に想像できる。

「さっさと帰って来い」

「なんでだよ」

「台風くんの知ってんだろうが!」

鼓膜が震える。

「だからなんだよ」

「危ねェだろうが!」

また震える。耳がやられそうだ。少し携帯を遠ざけた。7月にしては大型の台風がやってくる、そんなの俺だって知っているのだ。

「帰ってこいってよ」

「帰りましょうか、命は惜しいし」

「仕方ねーな」

今の会話は聞こえていただろうから、それを返事としてそのまま通話を終了させた。ついでに電源も落とす。
今日の俺は性格が悪い。

立ち上がって尻についた砂を払う。

「土方さん」

「ん?」

「夏が来ますね」

「…そうだな」

こいつは暗に俺の短い前髪のことを言ってんじゃないのかと思った。夏=暑い=涼しくなりたい=前髪を切りすぎる、みたいな。なんかこじつけな気がしないでもないが、少しイラっときたから殴っておいた。

「何で!?」

「うっせ」

びゅーっと耳もとを通り過ぎる風はまだそれほど強くはない。舞い上がって乱れた前髪を、無駄な抵抗と知りながら片手で整えた。





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