話(高校生連載)

□掴む、手
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8月のお盆休み真っ只中なくせに、そこはあまりにも閑散としていた。それほど広くはないがゴミも落ちていない綺麗な海岸が、俺達を出迎えた。

貸切状態なのは狙い通りだったらしく、坂田は満足気な表情だ。絶対大丈夫だからと言って、人混みを嫌がる俺達を連れてきたのはこういうわけだったのか。
訳を聞くと、此処は以前坂田がバイトしていた海の家の親父のプライベートビーチらしい。何故か意気投合し、いつでも使っていいからと許可を得ていたのだそうだ。

彼女を連れてくれば大喜びだろうに、残念ながら坂田には俺達くらいしか案内する相手がいない。
そして、大喜びしているのは山崎一人だった。俺だって嬉しくないわけではないが、如何せんはしゃぎ回るようなキャラではない。高杉に至っては暑さで機嫌が悪い。



砂浜にはビーチパラソルと椅子が二脚備え付けてあった。
高杉は当然のような顔をして一方の椅子の上の砂を払うと、腰を下ろして完全なくつろぎ体勢をとった。
俺たちは残ったもう一脚の方に荷物を置き、持参したビニルシートを広げたり浮き輪に空気を入れたりした。
玉のような汗が次々に湧いてTシャツを濡らしていく。坂田と山崎はあっという間に脱ぎ捨てて海パン一丁になっていた。





伸びてきた前髪が額に張り付くのを何度もかきあげながら、炎天下の海岸を歩き回る。時々屈みこんで、丸くなった硝子の欠片を拾った。
特に何に使うという目的はない。海に入る気にはなれないし、じっとしているのも嫌だっただけだ。多少、何か思い出に残るものが欲しいなんていうセンチメンタルな気持ちもないではないではなかったが。

剥き出しの首筋や腕に日差しは容赦なく降り注ぐ。きっと真っ赤になって痛んだ後はすぐ元に戻るのだろう。焼けない肌質なのだ。



少しは海にも触れておこうと足首まで浸かるあたりに行った。
波は穏やかだ。来たときよりも水が増えている気がする。あまり冷たくなくて少し物足りなさを感じた。

坂田と山崎はもう少し深い場所で何やらアクロバティックな遊びをしていた。どうやらウォーターボーイズの真似事をしているらしい。

山崎を踏み台にし、坂田が翔んだ。跳ね上がった水飛沫が太陽光を受けて輝いた。





パラソルの下に戻ると、高杉は相変わらず椅子の上に寝転がって読書中だった。まったく、こいつは家に居るときと少しもやることが変わらない。もう少しTPOってもんを考えてほしいものだ。

「何読んでんだ?」

荷物を少し避けてもう一つの椅子の端に腰を下ろす。思い出したように汗が頬を伝って落ちていく。何も持っていない方の手で拭った。太陽はもう少しで南中するだろう。

「…『老人と海』」

「一応、考えてんのか…」

坂田と山崎の歓声が遠くで響いた。





見物がてら、また海の方へ歩いて行く。波打ち際でまたガラスの欠片を一つ拾うと、もう片手では収まらないようでその分一つ落ちてしまった。欠片の色には青が多く、茶色と緑が少し混ざっている程度だ。坂田の家のようだと思った。
膝下まで浸かる程度に深いところまで行って、落とさないように慎重に一つずつ海に浸して砂を洗い落とす。

「土方さーんっ」

山崎の声に顔をあげると、顔に思いきり海水がかけられ、驚いたのと同時に波に押されて後ろにひっくり返った。
波が顔を覆い、呼吸器官を海水に侵される。

息が出来ずに困惑する反面、手からガラスの欠片が零れて落ちていくのをやけに冷静に傍観している俺がいた。

「ご、ごめんなさい!」

山崎に引っ張りあげられる。

酸素を求めて本能が喘ぐ。

息苦しさ、掴まれた腕、掌から奪われたもの…
そんなものがフラッシュバックを引き起こす。

抵抗する術もなく、俺は今を見失った。





ごめんなさい、ゆるして、もうやめて…!
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