話(高校生連載)

□掴む、手
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日に焼けたせいで、西日に当たったせいで、そしてきっと高杉と二人でいるせいで、俺の剥き出しの皮膚はどうしようもなく熱い。

「試しに、引っ張ってみてくんね?」

その熱もつ腕を、差し出してみた。
きっといつものように、何やってんだと言って流されるのだろうと思いながら。

「おらよ」

高杉は両手に持っていた荷物を片手に持ち代えてると、俺の手首を握って、引き寄せた。
予想外の引力に負けて、思わずよろめく。

そのまま、抱き付いてしまおうかとも思った。けれどさすがにそれはドン引きされるだろうと思って、サンダル履きの足でなんとか踏みとどまる。

「たしかに、案外軽く抜けっかもなァ」

そんな俺の心をわかっているのやらいないのやら、高杉はニヤリと笑って、手を離した。

脅かす手があり、救う手があり、追い縋りたくなる手がある。
不思議だ。否、全然不思議じゃないことはわかっている。けれどかつての俺は、一種類の手しか知らなかったのだ。その時に較べたら、なんと世界が広がったことか。
しかも三人分の手なのだ。こうなればもう怖いものなしだろうなんて、俺は結構本気で思っている。

「なぁ、もし抜けたら食うか?」

普段は言えないようなことを、流れに任せて口にしてみた。

「坂田がうまいこと料理したらな」

高杉がうまいこと核心を撒いて答えたから、がっかりしつつも少し安心した。

「あいつならやんだろ」

「だろうなァ」

そういや、と高杉が空いたままの手でハーフパンツのポケットを探った。

「落としてったろ?」

「あ…」

取り出されたのは、全てなくしたはずの、ガラスの欠片。

「なんか握ってっと思ったら、こんなガキくせェもんだったとはなァ」

高杉はからかうように言って、無意識に差し出していた俺の掌に青いガラスの欠片を置いた。

「…ありがとな」

「安い野郎だ」

そう言って高杉はまた両手に荷物を持つ体勢に戻った。塞がれた手に少し残念な気持ちを覚えて、けれど握った青い欠片の滑らかさに慰められた。

幾度も波に飲まれ、砂にまみれ削られ、形を変えたガラスの一部。その変わり果てた姿が一人の男を慰めることになるだなんて、捨てた人間は考えもしなかっただろう。

俺も、こんな風に滑らかな優しい個体になりたいと思った。

きっとこいつやあいつらの手が、その方向に俺を引っ張ってくれるだろう。
そして土や根のしがらみから離れて自由になったら、俺はきっとこいつらに何かを返したい。
そんなこと、恥ずかしくて口に出せやしないけれど。



ガラスを西日に透かすと、薄青い柔らかな光が見えた。俺たちの帰りを待つ、真っ青な坂田の部屋を思い出す。

「…部屋、暑くなってそうだな」

ふと思い付いてそう言うと、高杉は心底嫌そうな顔をした。






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