話(高校生連載)
□インソムニア
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洗濯物を、坂田と二人で畳んでいた。
8月の太陽は必要以上に服やタオルを乾かしていた。
現在、午後3時前。南中を終えた太陽は、それでもまだ天高くにあって世界を照らしている。
あくびが一つ、のろのろと出ていった。ぼうっとした脳が少しだけクリアになる。しかしそれも一瞬のことだ。
「寝るか?」
喋るのが億劫で、首を振るだけの返事をする。頭の中で鉛が転がっているような感覚があった。
死にたくなるほど眠いくせに、いざ横になると目がさえてしまう。漸く眠れたと思っても一時間くらいで目が覚める。そしてまた暫く寝付けなくなるのだ。
最近そんな日が続いていて、俺は正直参っていた。
運動すれば疲れるかもしれないと山崎が言い出して、昨日は一日中市民プールで泳いでいたのだが特に効果はなかった。山崎がいつにも増して爆睡しただけだ。
今もソファで昼寝の真っ最中だろう。本当にあいつはよく眠る。
そして、夜中起き出す俺に付き合ってくれている高杉は、日中は祖母宅に寝に行くという昼夜逆転生活を送っている。
そんな健康に悪いことしなくていいとは言ったのだが、嫌なら早く寝ろと言い返されてしまうだけだった。
眠らなくてはと思うのに、どうしても眠れない。夜中ベッドに入り続けていることすら出来ない。
薬も効かなくなったこの体は、一体どれだけ人に迷惑をかければ気がすむのだろうか。自分で自分にうんざりする。
「正常化してェ」
「どうした?」
「なんか、急に、ふと」
「脈絡もなく?」
「あぁ。とりとめもなく…」
視線の先にあるのは、俺たちの脱け殻だ。
リアルに脱皮出来たら良い。体も、心も。雑菌が消え、悪臭が消え、新しい綺麗な自分になる。
少しくらいなら痛くても構わない。綺麗な生き物になってみたい。
切に望む、正常化。
「正常化してェんだよー」
改めて口にすると、自分がより一層汚れた異常な人間に思えてくる。鼻の奥が痛むのを唇を噛んでやり過ごす。
急に目の前が薄暗くなった。柔らかい花のような柔軟剤の香りが痛みを緩和させる。
「下らねェこと言ってんじゃねェよ」
「へ?」
「って高杉だったら言うかもな」
よく乾いた温かい脱け殻を被ったまま、軽く俯く。
「山崎は大丈夫ですよ、って言うんじゃねーかな」
「ん…」
「あんま気に病むなよな」
坂田が言葉を宙に浮かせた。それを掴むのに少し時間がかかった。
「それ以上苦しむ必要はねーんだからよ」
脱皮しなくても、このままでも、悪臭漂ってても、大丈夫だと言ってくれる奴がいて、優しさが香って、嬉しくて。
言葉の意味を完全に受けとる前に、涙が流れた。
坂田には泣いているところばかり見られているような気がする。
畳み掛けの山崎の黒いTシャツに、いくつか染みができた。相変わらずぼんやりとした頭で謝罪する。
涙は止まらない。いつもならここまでみっともない姿は見せないように自制心が働くのだが。
「泣け。全部流しちまえ」
四人分の洗濯物でできた小山を横に除けて、坂田は俺の本当に目の前まで来た。霞んだ視界に坂田の白いTシャツが優しく滲んで、安心感が余計に涙腺に水を送る。
嗚咽を漏らす体は抱き締められて、一瞬息を吐き出すことを忘れた。
けれど震える背中を一定のリズムで撫でられると、自然に涙の流れもそれに乗って穏やかなものへと変わっていった。