話(高校生連載)
□ごっこ遊び
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「え?」
「高杉に、言われた…」
俺の方に傾けられた傘の向こうは、休みなく降り注ぐ雨のせいで窺い知ることが出来ない。それでも、土方さんがどんな顔をしているのかは想像できた。相談役はだてじゃない。
「そりゃそうだよな…無理に決まってら。男と女でもねーし」
「土方さん…」
良い言葉が思いつかなくて、俺は黙ってしまった。何が相談役だ、役立たず。
土方さんが求めているのは俺の慰めじゃなくてあの人の温もりなのだ。あの人じゃない俺に出来ることなんて、何も無い。
二人黙りこんで雨の道を歩いた。
人のいない住宅街は静かで、水滴がなにかにぶつかる音と、俺たちの足音だけが聞こえる。崩れない一定のリズムは、何故か俺に突飛な思いつきをもたらした。
「あの…」
「ん?」
言うか言わまいか迷って、どうせ却下でもいつも通り殴られるか呆れられるだけだろうと思って、言うことにした。
「俺、今から家まで高杉さん役やるんで」
「…は?」
「身長同じくらいだし。あ、眼帯はないですけど…」
「…」
俺を見下ろす土方さんは、無表情で無反応。
「やっぱ、俺じゃ無理ですよね」
あははと笑うと同時に疎かにしていた足元が水溜りに嵌まり込んで、なんだかむなしくなった。水が靴下まで染み込んでくる。冷たい。少しだけ歩くスピードをあげる。
「高杉は…もっと偉そうに歩く」
「え?」
「あと、傘の持ち方はこうだ」
そう言って立ちどまった土方さんは傘の柄に指を這わせ、なんだか奇妙な持ち方を俺に示した。
「こうですか?」
「そうだ。気取ってるよな、あいつ」
「…たしかに」
顔を見合わせて、噴出す。
俺は、息を整えて、高杉さんの顔を思い浮かべながら、心持ち偉そうに、そして気取った傘の持ち方をして、そしてもう一度大きく息を吸い、空いている左手を差し出した。
「帰んぞ、土方ァ」
「…バカやろ…」
土方さんは一度俯いて、ゆっくりと右手を伸ばして俺の、否、高杉さんの手を握った。
冷たい雨が、均等に二つの手を濡らす。
姿勢を崩さないように、なるべくこの時間が長く続くように、もうぐしゃぐしゃになった靴の中のことは意識の外に追いやって、ゆっくりゆっくりと歩いた。
終
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