話(高校生連載)
□冷点を、捨てる
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好きだと言えば、この冷えた手は少しでも熱を持つのだろうか。
試してみたいという気持ちは日に日に募っていく。
そんなことをすれば、きっと傍にいることも出来なくなるのだろうけれど。
「土方さーん?」
目の前で、豆だらけの掌が左右に揺れていた。顔を上げると山崎がいた。
額に滲んだ汗を首にかけたタオルで拭っている。どうせまた一人でミントンでもしていたのだろう。この炎天下によくやるもんだ。
「旦那はまだですか?」
「あいつ馬鹿だからな」
「一緒に再テストになった人が何言ってんですか」
「俺は範囲を間違えただけだ」
「それって余計ば…」
最後の一文字を言う前に殴ろうとしたが、腹立たしいことに避けられた。
「テメー…」
「俺いま活性化してるんで」
山崎は踊り場で2、3度跳び跳ねて見せると、俺の足が届かない一つ上の段の端に来て腰を下ろした。
こいつは段々と俺の行動を読めるようになってきている。脱いで投げた上履きさえ避けられた。生意気だ。
睨んでみても、間抜けた笑顔と上履きを返されるばかり。
後で覚えてろよと胸のうちで吐き捨てて、とりあえず一旦攻撃はやめてやることにした。
上履きに足をおさめて、相変わらず汗を拭いている山崎を見上げる。
「高杉は?」
「なんかふらっとどっか行っちゃいました」
おおかた図書室だろう。大人しく待っていてもくれないかと、勝手に悲観して虚しくなる。最近こういうことが多い。良くない傾向だ。
「そういえば、最近痩せました?」
「痩せるわけねーだろ、同じもん食ってんのに」
「でもここんとこ食べる量減ってますよね?」
山崎は階段を一つ下りて、俺と同じ段に座った。真っ直ぐこちらを見るその顔は、冗談を言っているような表情ではなかった。
この男は俺の攻撃パターンを読むのに飽きたらず、食生活すら見通しているらしい。しかもそれが見事に図星なのだから腹がたった。
もう一度上履きを投げてやろうかと考えた。しかしそれでは完全に認めたも同じこと。
認めてしまえば、その理由すら話さなくてはならなくなるかもしれない。否、話さずとも勘づかれてしまうような気がする。それとも、もうそれすらもお見通しだろうか。
「悩み事ですか?」
「…そんなんじゃねーよ」
我ながら隙だらけの嘘だった。声音は不自然な響きだったし、思わず目を反らしてしまった。はっきり違うと言ってしまえなかったのも、大きなミスだろう。
「そうですか」
それなのに何故か、山崎は少しも疑う様子を見せなかった。いつもの間の抜けた表情を浮かべて、俺の顔から視線の矛先をずらす。
ほっとしたような、残念な気もするような。そんな矛盾した感情が浮かんで、すぐに消えた。
階下から足音が聞こえてきた。
高杉かと期待したが、現れたのはいつもよりも眠そうな顔をした坂田だった。