話(高校生連載)

□魔王、降臨
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冬は嫌いだ。
ふと目に付いた左手の薬指のささくれを剥きながら、そう呟いてみる。
皮膚が毛細血管の壁まで道連れにしたらしく、剥けた場所からは僅かに血が滲んだ。
体全体から見れば取るに足らない面積なのにもかかわらず、その痛みは案外大きく響いた。舐めてみるとたしかに血の味がした。

心はくさくさとしているが、体の方はそんなことお構いなしに正常に働いているらしい。

冬は嫌いだ、否、冬も嫌いだという方が正しい。秋には秋が嫌いだと言ったし、夏には夏が嫌いだと言った。おそらく後にやってくる春に対してだって嫌いだと言ってのけるだろう。なんて四季に敏感な俺。

三ヶ月に一度くらい、こんな風に何もかもがうとましく思える日がある。
教室に行きたくなくて、家にもいたくなくて、誰の顔も声も身近にあるのが苦痛に思えて、そして行き着く先はいつも此処だった。学校の、屋上。

昼休みには生徒で賑わうこの場所も、授業時間には閑散としている。なかなかお行儀の良い学校なのだ。そんなところも気に入らなかった。
品行方正だの成績至上だの、なにもかもが下らない。白い溜息が出る。

風のない晴れの日だけれど、気温は断固冬であることを主張するかのように低い。無機質なコンクリートに接する革靴の底から、冷気がだんだんと上がってきていた。剥き出しの両手も感覚を失いつつある。
コートとマフラーだけではこの逃避劇には不足だったらしい。意識しだした冷気はもう追い払うことが出来なかった。
体が小刻みに震え出す。コートで着膨れた腕で体を抱きこんでみても何の効果もない。

あぁ、馬鹿らしい。

こんな人気のない学校の屋上に来たところで、一体何が変わるというのか。刹那の逃避を味わって、真面目に勉強に励んでいる同級生達とは違う人間なんだと思い込んで。そしてこつこつと鬱憤を溜め込む日々に戻る。その繰り返し。

妄執に囚われながら、ただ目の前のものに文句を言うだけの生活。

…だっせェ、俺。

息を吐いて、仰ぐ空は相変わらず青い。手始めに真っ黒に変えてやろうかと、出来もしない夢想を弄ぶ。

手近なところになにかあれば、ぶっ壊してやりたい気分だった。しかしそれくらいしか出来ることもないのかと思うと、余計に虚しくなった。

『お前にはもう期待していない。好きにしろ』

入学式の日に言われた言葉を思い出す。
最初は、失った信頼を取り戻そうと必死になった。けれど試験で校内一位になっても、親父の目はもう俺には向かなかった。こんな学校のトップに価値などないなのだ。
世界にはいくらでも上がいる。そして少なくとも兄貴を越えない限り、俺がどれだけ上り詰めようとそこは底辺なのだろう。

阿呆らしい価値観。そう思いながらも、いまだ縋りつこうと躍起になってしまう。幼い頃から兄貴を追い抜くようにと教育されてきたのだ。それ以外の生き方を知らなかった。今更放り出されたところで、一体なにをすればいいのか。

とりあえず、これ以上ここにはいられない。震える体を擦りながら出入口へと向かった。
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