話(高校生連載)

□魔王、降臨
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「お前っ、こっちは金払ってんだからよっ、もっと盛り上げろっ!」

「…追加料金」

「んだと!?殴られてーかっ!?」

「それも…追加料金だ」

扉を開いて出た先で、奇妙な光景を見た。

目の前の踊り場に、男が三人いる。
このクソ寒い中、床の上に裸で寝ている奴がまず一人。その上に制服を着たまま覆い被さってる奴が一人。もう一人はその横に座り、煙草を吸いながら傍観している。
一見して何が行われているのかは想像がついた。

スモーカー野郎が、顔をあげて俺を見た。

「お前も客か?なら俺の後だ」

お行儀の良い学校にも、それなりに低俗な輩はいるらしい。無視をして通り過ぎようかとも思ったが、立ち止まって首を横に振った。
俺に男を抱く趣味はない。しかし、男が体を売るという事情には興味を持った。

「お前、なんでそんなことしてんだァ?」

裸の男に問いかけるも無視をされた。聞こえていたのかすら疑うほど、見事な反応のなさだった。代わりに、その上に乗っている男が俺を睨んだ。

「邪魔すんじゃねーよ!ぶっ殺すぞ!」

「その状態で言われても説得力ねェなァ」

制服のくたびれ具合から察するに三年だろう。偉そうなのも頷ける。

「チクんねーとも限らないし、ちょっと痛めつけっか」

野郎は煙草を床に押し付けると、立ちあがって近付いてきた。それなりに喧嘩馴れしていそうな雰囲気だ。進学校にも腕力バカはいる。どうせろくな大学にも行けないから、こんな時期に男相手にウサを晴らしているのだろう。
まぁ、俺同様の出来損ないだな。自然に口角が上がった。

「ニヤついてんじゃねーよ!」

顔面に向かってきた拳を右に避けた。そのままの流れで相手の鳩尾に横蹴りを入れる。俺を見くびっていたのだろう。男はがら空きだった中央を抉られ、その場に崩れ落ちた。
苦しげに咳き込む男の頭に、片足を乗せる。

「オメェは、俺をぶっ殺すんだったか?」

目を丸めて俺を見ていた男を睨み付ける。足元の男には軽い踵落としを加え、床に這いつくばらせた。

二人の方に歩み寄る。
制服の男は慌てたように退き、着衣の乱れを直しながら逃げて行った。もう一人もそれを追うように去って行ったようだ。

「営業妨害だ」

初めて、裸の男が俺を見た。感情の見えない瞳と表情。それでも乾いた声は、小さいながらも刺すような真剣さを持っていた。

白い胸にあばら骨が浮いている。身長は俺より高いだろうに、全身どこを見ても細いから子供のように見えた。この飽食の時代にこれだけ痩せこけた高校生がいるとは。
よく見ればところどころに傷までついていた。新しいものもあれば、昔についたであろうものもある。火傷や切り傷、痣、種類だって豊富だ。とても普通に生活していて出来る量ではない。
その体は俺に、痛ましさよりも非現実さを感じさせた。

「金がいるのか?」

傍らに立って見下ろすと、男は躊躇なく頷いた。だからといって、校内で男相手に体を売ったところで大した稼ぎにはならないだろうに。ただの淫乱な男色家なのか、はたまた俺の考えも及ばない理由があるのか。

金だけは飽きるほど持っていた。一つ、施しでもしてみようか。物を壊すよりはマシな気の紛らわせ方だろう。

「いくら欲しい?」

「15分で2000円だ」

随分言い慣れているのであろう言葉に、舌打ちを返す。

「そんな安っぽいシステムは忘れろ。お前は俺が買ってやる」

初めて、男の顔に僅かな驚きらしきものが浮かんだ。薄く開いた紫の唇は、言葉を探すように震えている。寒さのせいもあるだろう。
足元に乱雑に散らばっていた制服を拾い、男の裸体に放った。

「まず着ろ。それから飯行くぞ」

「…なんで」

「腹減ってんだ、早くしろ」

考えるのを放棄したのか、男は言う通りに制服を着だした。

「名前は?」

「土方、十四郎」

土方か。
気紛れで拾った者の名を、俺は小さく呟いた。





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