話(高校生連載)

□錆を落とせば
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駐輪場に行ったら、まさしく自分の自転車が盗まれようとしているところだった。

焦るより先に呆れ返った。数十台と並んだ中から何故それを選ぶのだと。もっとマシなものはいくらでもあろうに。

山崎はとりあえずその場に立ち止まって、まだ持ち主の存在に気付いていないらしい二人組を眺める。

あの自転車は窃盗という罪を犯すに相応しい代物ではない。どこにでもある薄汚れたママチャリだ。母親が電動自転車を買う際にお下がりとして回ってきたものだった。

あちこちに錆が浮いていて、ブレーキをかけると不快な軋みをたてる。一度試乗させてやれば手を引いてくれるかもしれない。あるいは廃車にしろとアドバイスをくれるか。

それでも、そのママチャリは山崎にとっては大事な移動手段だった。失うわけにはいかない。盗まれたからと言って新しいのを買ってくれるような優しい親ではないのだ。もしそうならのし付けて進呈してやりたいくらいだが。

二人は屈みこんで、どうやら後輪に付けてあるチェーンを壊そうとしているらしかった。それを攻略したところで普通に鍵も付いているから簡単には盗めないはずだ。気付いているのかいないのか。

手際の悪さから見るにきっと気付いていないのだろう。チェーンさえ壊せば乗れると思っているに違いない。可哀想に。

しかしこのまま見守っていれば自転車をめちゃくちゃにされる可能性もある。そうなれば可哀想なのは山崎だ。

「すいませーん、それ俺のなんですけどどうかしましたー?」

あくまで盗もうとしていることには触れない。逆上でもされたら面倒だからだ。何事も穏便に済ますに限る。

自然な歩みで山崎が二人組に近付くと、いかにも頭の悪そうな男たちは立ち上がって睨み付けてきた。

「あ?うっせーな、お前のだから何だよ」

「つーかお前のなら鍵寄越せ」

まずった。話通じない系の人達だった。最近ついてないな。

「あ、すいません。勘違いでしたー」

山崎は軽い口調で言って踵を返し、足早に校舎へと戻ろうとした。こういうのは教師になんとかさせるに限る。

しかし、そうは問屋が卸さないとはよく言ったもので。

「待てこら」

「てめェチクる気だろ」

「何をです?ちょっと忘れ物を思い出しただけですよ」

走りよってきた二人に左右を挟まれ、両肩を押さえられた。薄い笑顔で嘘をついてはみたものの、完全に疑いの眼差しを向けられている。あぁ、本当に面倒臭い。

「つーかさ、金持ってねェ?」

「ちょっと貸してくんねーかなー」

ここまで自分の好き勝手に生きられるとは。ある意味尊敬に値するけれど、大人しく払う義理はない。そもそも金なんてこっちが借りたいくらいなのだ。今月はストレス発散のために散財しすぎた。

でも抵抗すれば殴られるんだろう。それはもちろん回避したい。早いとこ誰か通りかかってくれないだろうか。教師か、あるいは強そうな奴。

「てめェ聞いてんのか?」

「殴られてーのかこら」

いよいよ馬鹿面の険悪さも最高潮だ。それぞれに掴まれた肩が痛い。有り金を渡してしまうのが一番楽な選択だろうか。どうせ大して入ってはいないのだ。少し辛抱すれば小遣い日だし。

山崎は鞄を開けようと手を動かした。
 
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