話(高校生連載)

□みっつのもも
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「まず座標をよく見ろ、yがマイナスだろ?それで…」

「高杉って、案外真面目なんだな」

「だろ?」

「無駄話すんなら教えねェからな」

「「ごめんなさーい」」

「テスト、間に合うんですか…?」

「やるしかねェだろォが」

右手に持ったシャーペンを回す高杉さんの顔は、まさしく真剣そのものだ。隻眼に眼鏡をかけ、広げた教科書を睨み付けている。この留年ギリギリの二人を本気で助けようとしているのだろう。

魔王と呼んで怖れていた時のことを思い出すと、噂やイメージというものが表層を掬っただけの馬鹿げた存在だとよく分かる。実際は筋の通ったまともな考え方をする人だった。反抗期をこじらせた感じはあるし、全くもって素直じゃないから判り辛いけれど。

この人になら土方さんを任せてもいいかな、とか何様なのかよくわからないことを思う。絶賛片想い中の友人には悪いが、俺としては土方さんの想いが成就することを願わずにはいられない。

そしてもう一つ切に願うのは、無事に一緒に三年生になれるようにということだ。数学さえクリア出来ればあとはどうにかなるはず。頑張れ土方さん。

俺に留年の危機は迫ってないけど、一人だけ暇なのも寂しいから苦手科目の英語の教科書を開いていた。開くだけで特に何もしてはいない。苦手というか、興味がないのだ。別に外人とコミュニケーションを取れなくたって構わない。幸い大事な人との母国語は共通しているし。

もちろんそれだけで全てが通じあうわけでは決してないけど。

「あ、そこ違いますよ」

土方さんの書く数式を指差す。ちらりと見てすぐわかる程の根本的な間違いっぷりだ。やっぱ間に合わないんじゃないだろうか…。再び脳裏を掠める危機感。

「間違ってることくらいわかってんだよ!」

「いてっ…!」

八つ当たりというか逆ギレというか、とりあえず理不尽に殴られる。いつものことだからなんてことはないけれど、ちょっと妬ましそうに俺を見る視線があるのが怖かった。恋心なんて起こりえないと何度説明しても、この恋愛バカは俺をライバル視してくる。

「ちょっと休憩しよーぜ!」

「おいコラ、まだ始めたばっかだろォが」

「だってよー、なんか腹減らね?ちょうどおやつタイムだし!」

高杉さんに凄まれても全く退く様子はなく、恋の暴走特急と化した男は教科書やノートが乱雑に散らばるテーブルに身を乗り出した。よほど土方さんの気を引きたいのだろう。死んだ魚の目が息を吹き返したように輝いている。

壁を見れば青い時計は3時を少し回ったところで、言われてみるとたしかに軽い空腹感があった。土方さんは(早くも)煮詰まっているみたいだし、ここで何か食べるのもいいかもしれない。咀嚼すると脳が働くって聞いたことあるし。

「…マヨネーズ食いてェ」

「それ食べ物じゃな、ぐはっ!」

常識を言ったらまた殴られた。どさくさ紛れに別の方向から消しゴムも飛んできて、俺の腕に当たって落ちる。斜め前に非難の視線を向けるが、完全に無視された。

男の嫉妬ほど見苦しいものはない。今度言ってやろうと頭の片隅に書き留めた。
 
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