話(高校生連載)
□お裾分け一つ
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辛い。
生きてるのが辛い。
土方が可愛すぎて生きてるのが辛い。
そのキラキラした笑顔が、すかした顔のアホにばかり向けられてるのが辛い。
そうさ、言ったんだよ俺は。あいつが幸せならいい、って。それは本心。超本心。混じりけのない純粋な気持ちだ。
でも、だけど、だかしかしそれでも!
やっぱり俺だって少しは幸せになりたいんだァァァ!
そんなわけで俺は、これから一つだけ、嘘をつこうと思います。
山崎も高杉も家に帰って、二人きりのリビング。部屋の時計は11と12をそれぞれ長針と短針で指している。風呂にも入り終わって、そろそろベッドに向かおうかという時間だ。
俺と土方は長いソファに並んで座って、それぞれ本を広げていた。本と言っても俺のは料理本だ。土方は高杉に借りたらしい文庫本を熱心に読んでいる。文章が難しいのか、ページが捲られるペースは遅かった。
『車輪の下』というタイトルはわかっても、それがどんな話なのか読書嫌いな俺にはわからない。ちょっと疎外感。あいつと土方が共通の秘密を持ったかのように感じる。
「あー、なんか…頭痛ェ」
ぼそりと、呟いてみた。もちろん、頭に手をあてて眉を寄せるアクションも忘れていない。
本当は少しも痛くないんだけど、なんかちょっとこう、心配してくれたらいいな、なんて。それだけで俺はむこう三日くらいは幸せに浸れると思う。
「大丈夫か?」
土方はわざわざ文庫本をテーブルに置いて、そう聞いてくれた。心配そうに俺を見る顔も、そりゃもうめちゃくちゃに可愛い。最高。坂田銀時、幸せチャージ完了しました。我ながら簡単な男です。
「治った」
「え?」
「目が疲れただけだったぽいわ。お前の顔見たら、癒された」
「アホか」
「いてっ」
調子に乗ったせいで、クッションをもろに顔に投げつけられた。結構強く当たったけど、無数のパウダービーズが衝撃を吸収するから痛みはそれほどない。
土方はムッとした顔をしていて、もちろんその表情もすこぶる可愛かった。きっと本当に心配してくれてたんだろう。ちょっとした罪悪感と、その何倍もの幸福感。これで5日間くらいは、報われる予定のない片想いの辛さにも耐えられるはずだ。
「ありがとな」
「バーカ。…寝る」
「おう、おやすみ」
土方はリビングを出て行って、残るは俺一人きり。そして青いテーブルには、置き去りにされた文庫本が黙って載っていた。忘れられてやんの。少し嬉しくなる。
手に取ってざっと読んでみようと思ったけど、昔から国語が鬼門の俺には一行もまともに読めない。結局諦めて、もとあった場所にそのまま戻した。土方が読み終わったら、どんな話なのか聞いてみよう。俺も共有したい。
時計を見れば、長針も短針もちょうど先を12に向けている。
今日は良い夢が見れそうだ。
『美味しい朝ごはん』と『車輪の下』を並べて置いて、電気とエアコンを消してリビングを出た。
終
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