話(高校生連載)
□優しい人
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「今日はあったけェな」
「不思議と、いつも穏やかな天気なんですよ」
「そーいやそうだな」
広い霊園の一角。左右に立ち並ぶ墓石をなんとなく交互に見ながら、四人一列の二番手を歩いていた。俺の後ろに土方さん、その後ろが旦那、そして一番前を行くのは何故か高杉さんだ。足下の砂利がスニーカーの裏で、人数分の控えめな音をたてている。
「あ、すぐ其処です」
後ろから言うと、数歩進んだところで高杉さんは立ち止まった。その横に並ぶ。
「綺麗だな」
「でしょう?」
水で清められたばかりの御影石は、陽光を浴びて瑞々しい光を反射させていた。飾られた花も、まだ野に咲いているのかのように生き生きとしている。例年通り父さん達とはちょうど入れ違いになったのだろう。
桶を持ったまま石造りの階段を一つ上り、不要ではあるけれど汲んできた水を柄杓で石の天辺から流した。挨拶代わりだ。
「高杉、火」
振り返ると、土方さんが差し出した線香の束に高杉さんがライターで火を着けていた。
「ほれ」
「ありがとうございます」
傍らに柄杓を突っ込んだ桶を置いて、四分割されたうちの一束を受け取る。
墓前の線香皿には、二人分の線香がまだ燃え尽きずに残っていた。そっとその上に乗せて、旦那と入れ替わる。
全員の線香が入り、静かに手を合わせた。目を閉じると、柔らかい風と太陽の光を感じた。小鳥の鳴く声が聞こえる。
特に話しかけたりはしない。言葉にしなくたって、あの聡明な人はきっと全てお見通しだ。
「さてと、飯にすっか」
「は?」
「此処でか?」
いそいそと荷物を広げ出した旦那に、土方さんと高杉さんが訝しげな視線を向ける。びっくりさせたくて二人には黙っていたのだ。予想通りの反応で思わず笑ってしまった。
「毎年恒例なんですよ」
「墓場ランチな」
「怒られねーのか?」
「大丈夫、住職公認ですから」
「そっち敷いてくれー」
首をひねりながらも、土方さんと高杉さんは仲良く両端を持って青いシートを砂利の上に敷いた。二枚並べた上に、四人分のお昼が入った重箱と俺たちの体が乗る。例年通り、下はでこぼこでちょっと痛い。
「玉子焼きにしらす入れてみた」
「美味い」
「珍しいですね、甘くないのって」
「いつもこれにしろ」
墓石に囲まれ、シートを一枚挟んだだけの砂利の上で、緩い風には線香の匂いが乗っていて。それでも俺たちは、いつもの青いリビングに居る時と変わらない。
あれから三年が経った。俺たちは次の誕生日で、姉さんの歳に追い付く。そしてあっという間に追い越していくのだろう。
「なあ…どんな人だったんだ?」
遠慮がちに、土方さんが言った。その目はやっぱりどこか姉さんと似ている気がして、薄れずに残る面影を重ねてみる。
「優しい、人でした。生まれつき心臓が弱くて、学校にもあんまり行けなくて…でもいつも笑顔で人に好かれてて」
「しかも超、美人なんだよ!」
「この人一目惚れして、『絶対結婚する、お前の姉ちゃんの旦那になる!』って五月蝿かったんです」
「それでこいつのこと旦那って呼んでんのか?」
「そう呼べって脅されたんですよねー。昔はすぐに暴力に訴えてきたから従わざるをえなくて」
「義兄さんとか呼ばせる方が真実味あんのにな」
「昔からアホなんですよ」
「なんだと!」
「暴力反対ー!」
旦那がふざけて拳を振り上げ、俺は子供のように両腕でバリアを作ってそれに応えた。アホみたいなやりとりに土方さんが少し笑う。高杉さんも呆れたように唇の端をあげていた。黒い石はそんな俺たちを見守るように、光を浴びて優しく輝いている。