話(高校生連載)

□空を崩す、権利があれば
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送信完了を確認して携帯を閉じる。隣に並んで立ち止まっていた山崎が、僅かに首を傾げた。

「屋上ですか?」

「行くか?」

「お邪魔はしませんよー。土方さんによろしくお伝えください」

山崎はそう言ってわざとらしく頭を下げると、俺の返答も待たず教室移動の流れの中へ入って行った。どうやらメール内容を見もせず察したらしい。透視能力でもあるのかと疑うが、たしかに俺がメールを送るような相手など馬鹿らしいほどに限られていた。推測は容易だろう。邪魔しないという表現は的外れだが。

何人かの生徒が窺うように横目で俺を見ながら通り過ぎて行く。こちらからは視線を返さず、踵を返して足早に目的地へと向かった。







「サボって大丈夫なのかよ」

「呼んだのお前」

「無理強いはしてねェ」

「断らないって、知ってんだろ」

肯定の代わりに煙を吐いて、会話に区切りをつける。土方を呼んだところで、特に話したいことがあるわけでもなかった。久しぶりにこんなのもいいかと、なんとなく思っただけだ。

季節は春だった。二度目の春。季節が巡る間に、俺たちは一つ年を取った。なんやかや色々なことがあった気はするが、面倒なので回想なんかはしない。ぼんやりと宙を見る。

とりあえず今日は春で、花曇りの空の下は暑くも寒くもない。強い風も吹かず、柔らかな空気が移動するのを時おり肌に感じるだけだ。隠居した老人にでもなったように、気持ちも凪いでいる。

「こないだな、風呂でぶっ倒れた」

「は?」

寝耳に水でも入れるような土方の言葉に、頓狂な声が跳び出た。思わず見詰めた顔は血色も悪くなく、それなりに健康そうだ。笑いを堪えているのか、頬の筋肉が小刻みに震えている。と思ったら、我慢できなくなったのか土方は吹き出した。

「目、まん丸」

「うっせ」

灰を落とし、煙を吸って、ゆっくり吐き出す。土方はその間もくすくすと笑っていた。失礼な野郎だ。倒れたと聞けば誰だってそれなりに動揺くらいする。

何日か不調そうに見える時があったが、そこまで具合が悪いとは思いもしなかった。そもそもが健康優良児とは言い難い見た目をしている。それでも、倒れたということは相当弱っていたのだろう。

こないだって何時なんだとか、何故すぐ言わなかったのかとか、そんな言葉が浮かび、泡のようにすぐ消えた。俺が口出しをするところではない。

不調に気付いておきながら、坂田がいれば大丈夫だろうと放っておいたのは自分だ。土方だって俺に頼る気がないから黙っていたのだろう。結構なことだ。こうして自然にゆっくり離れていくのが最良の展開。

そう思うべきなのに、湧いた感情は安堵ではなく、かといって嫉妬でもなかった。認めたくはないが、胸の内を席巻するこの思いは、寂しさと呼ぶのが一番しっくりくる。

俺は土方に恋愛感情を抱いているわけではない。どれだけ想いを寄せられようと応えられないし、それは土方だって承知していることだ。

それなのに、俺はこいつが離れていくのが気にくわなかった。応える気などないのに、想われ続けることを望んでいる。

「あいつ…、俺の体見ても、引かなかった」

「…そうか」

「んでさ…なんつーか、安心した」

「…そうか」

「あ、そういや今日の夕飯エビ炒飯だってよ。良かったな、好きだろ?」

「あぁ…」

軽やかに言葉を紡ぐ土方の表情は柔らかく朗らかで、いかにも春に相応しかった。

もうこいつは、俺がいなくたって生きていけるんだろう。そう思った。

俺だけがあの冬の日に取り残され、独りきりで朽ちていく。

そんなの、とうの昔に気付いていたことだ。それでも、今日ほど決定的に思い知らされたことはなかった。




 
 
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