話(高校生連載)
□空を崩す、権利があれば
2ページ/2ページ
「どうかしたか?」
「…」
こいつを今抱き締めて、好きだと言ってしまおうか。
見放され置いて行かれるのは、もう嫌だ。それだけが、はっきりしていた。
「なんか、あったのか?」
柔らかな季節を纏うこの身体に触れれば、俺もあの冬の日から脱け出すことが出来るかもしれない。
手を伸ばす。すぐ傍に土方はいる。きっと、今ならまだ拒まれないだろう。最初は驚かれるかもしれない。冗談は止めろと怒るかもしれない。それでも最後は幸せそうに、春の化身のように笑んで、俺の言葉を受け入れるはずだ。
「…高杉?」
掴まれた腕を見て、それから土方は丸めた目で俺を見やった。さっきのお返しに笑ってやろうかとも思ったが、実際そんな心の余裕などなかった。黙って、細い腕を握る力を少し強める。
「…」
「…」
それ以上、何も出来なかった。
好きだと言って抱き締めれば、俺は一時の安らぎを得られるだろう。だが、それからどうするつもりだ?どうしたって俺は、土方の想いに本当には応えられない。糠喜びさせて傷付けて、結果的には俺もこいつも辛い思いをするだけじゃないか。
あまりにも馬鹿げた選択だ。一時の気の迷いにしろ、愚かすぎる。自己嫌悪に陥りそうだった。
「無理、すんじゃねェぞ…」
手を離す。
「…ありがとな」
曇りのない土方の笑み。見るのが辛くて、視線を空へ放る。
雲は停滞してほとんど動かない。風は相変わらずささやかな力で肌を撫でていく。
土方が僅かに体を動かし、距離を詰めてきた。気取られないように小さく、安堵の息を吐く。
まだ、俺は独りじゃない。
それでもいつか、進歩のない俺は見放され、置いて行かれるのだろう。それはそう遠くない未来のことのように思えた。
今この瞬間、空が落ちてくればいい。これ以上事態が悪化する前に、世界など終わってしまえばいい。
何の解決にもならない妄想に囚われる。
そんな情けない思考を知らぬ土方の、口笛の音が高らかに響いた。
終
戻 高校生シリーズ