話(高校生連載)

□身体は軽くなる
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傷は、少し薄くなっていた。

そう確認出来るくらい、自分の身体をよく見ることが出来るようになった。風呂場で倒れた俺を、坂田が助けてくれてからのことだ。

この家にきてから、出来る限り見ないようにしてきた。裸になるのはもちろん、洗うために触れるのも苦痛だった。穢れた身体を意識することは、傷を受けたその時より辛かったから。

高杉に拾われて、坂田の家に住むようになって、山崎と仲良くなって、自分に悪意を向ける者のいない安全な場所があることを知った。同時に、自分がどれだけ穢れていたのかにも気付いてしまった。

身の丈に合わない幸せだと思った。これは気絶している間に見ている夢で、目が覚めたらあの現実が待っているのかもしれない。そう考えだすと怖くてたまらなかった。いっそ過去など全て忘れたいのに、生々しく残る傷痕がそれを赦してくれなかった。

あの日坂田に抱き締められた時、ようやく俺はこの日々が現実だと信じることが出来た。なにかのスイッチが押されたような、唐突な確信だった。朦朧とした頭は安堵や多幸感を処理するのに手一杯で、他のことは何も考えられなかった。

その感覚は、今もまだ続いている。

「なにニヤけてやがる」

「…へ?」

「最近なんか嬉しそうですよね」

「ほーは…?」

高杉に続き山崎にも指摘され、頬張った米を咀嚼しながら首を傾げる。たしかにここのところ気分は良かったが、顔にまで出てるとは思いもしなかった。

味噌汁で残った米を喉奥に流し込み、わざと渋面をつくってみせる。

「誕生日が楽しみなんだろ?すっげー盛大に祝ってやるからな!」

「おう、期待してる」

「またニヤけてますよ」

「…マジでか」

箸を茶碗に載せ、両手で頬を挟んでみた。たしかに、ニヤけ面をしている気がする。自分の表情すら制御出来ないほど俺は舞い上がっているのか。呆れ半分の笑いが零れる。

「どうしました?」

「…あー…なんか、俺…幸せ、かもしんね…」

言ってて恥ずかしくなって、語尾をきちんと発声する前にまた米を口に詰め込んだ。

三人は一瞬ぽかんとした後、三面鏡のように一斉に、俺にニヤけ面を見せた。






高校生シリーズ

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