話(高校生連載)
□瓦礫
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いつだってあいつは俺の言葉に真剣に耳を傾けて、その奥の形にならない想いまで知ろうとしてくれた。それで俺は何度となく救われてきたのだ。
「坂田っ!」
自惚れていたのかもしれない。どんな時でも、あいつは俺の声なら聞いてくれるだろうと思っていた。激昂の渦からでも何処からでも俺が呼べばすぐに、いつものあのへらへらした顔で戻ってきてくれるはずだと。
「ぶっ殺してやる!」
「さかた…っ」
息が出来なくなる。心臓が鼓膜の後ろで激しく脈打つ。
呼んでも、呼んでも、届かない。
本当に声が出ているのかもわからなくなる。
俺はまた人形になってしまったのだろうか。
拳で殴り付ける音。腕は再び振り上げられ、さっきよりも大きな音が鳴る。容赦なんてない。殺してやろうという気持ちがそのまま形になったような鈍い音、音、音。
今と過去が重なる。
殴られているのは俺だ。
けれど何も感じない。心は冷えて凍りつくように静かになって、息が出来ないことも気にならなくなる。
これでいい。俺は本当はこうじゃなきゃいけない。
それが、せめてもの…
「もうやめろ!」
虚ろになりかけた感覚の中に、高杉の声が飛び込んできた。澱んだ空気を消し去るような、力のある音波。
腕が伸びて、暴れる体を抑える。
その動きが、まるでスロー再生のように、ゆっくりと見えた。
呼吸が戻る。心が溶け出す感覚。忘れていた瞬きを、一つ、二つ。
あの日と同じだ。
心も体も凍りついて人形のようになった俺を、最初に救って護ってくれたのは、高杉だった。
冷たく見えるのに、本当は温かい。静かな表情の奥に隠された熱の塊。青い炎。
長く息を吐くのと同時に全身の力が抜けていった。緊張で強張っていた反動なのか、今度は小刻みに震え出す。
「土方さんっ大丈夫ですか!?」
山崎の声で、揉み合う二人の均衡が崩れた。高杉の腕を抜けて、坂田が俺の方に駆け寄ろうとする。名前を呼ばれた。気遣うような、焦ったような声音。いつもの坂田と変わらない声。
それなのに。
また殴られる、そう思った。
「っ…いやだっ…!」
咄嗟に吐いてしまった拒絶の言葉。動きを止めた坂田の表情だけが悲しそうに歪む。取り消そうにも、震えるばかりの俺の唇はそれ以上なにも形作ることが出来ず、そのままなすすべもなく部屋を出る坂田の姿を見ていた。