話(高校生連載)

□開城の音
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結局、元通りになんてならなかった。

割れたグラスは欠片も残さず片付けられ、震えの治まった土方が俺達を出迎えたけれど、どれだけ何事もなかったように振る舞っても、俺達は時間を取り戻すことが出来なかった。

温め直した料理に味はなく、無理矢理に繋げる会話は上滑り。悩みに悩んで選んだプレゼントすら渡しそびれた。

いつも通りに振る舞う三人の顔を見ながら、俺は頭の中で何度も何度も、自分を殴りつけていた。




虚しさと後悔ばかりが濃霧のように頭を覆っている。気持ちが晴れない。ここのところずっとそうだ。あの夜から、梅雨入りの一ヶ月も前から、俺は湿気の渦に呑まれている。

爆発した髪を乱暴にかき混ぜて、倒れるようにフェンスに寄りかかった。金属と背中の筋肉が鈍い音をたてて軋む。湿った世界は俺にやたらと辛くあたるのだ。濡らしたタオルで呼吸器を覆われたような息苦しさ。

「あー…しんど」

ぬるい温度に薄く曇った空。

静かに蒸していく屋上の空気の中に、俺の言葉は響きもせず紛れて消えた。どうかしたのかと尋ねてくれる人はいない。虚しい独り言。




一年かけて縮めた距離は、一夜の一瞬でまた離れてしまったのだ。出逢った時の方がまだ近かったと思うくらい、今は遠いところにいる気がする。

相変わらず俺たちは一緒に暮らしていた。表面的には何も変わっちゃいない。朝飯を食って学校に行き、大抵は四人で夜までいて、眠る前の時間を少し二人きりで過ごす。

土方は俺を避けたりしない。これまで通り話だってするし、食事の支度も手伝ってくれる。それでも、何かが決定的に違った。

本当は、避けてくれた方が良かったんだろう。怯えたり怒ったり、素直な感情を見せてもらえたなら、表面上は壊れかけていたにしても修復の余地はある。

今の土方は精巧に作られたアンドロイドだ。心なんてないように平常を崩さず、何を考えているのかさっぱり悟らせてくれない。

俺は何度かあの夜のことを話題に出してみたけれど、土方は曖昧に笑うばかりで、胸のうちを明かしてくれることはなかった。



拳が肉を打つ音が耳の奥に響く。俺が俺を殴りつける音だ。気を抜くとすぐこの妄想に入り込んでしまう。

口から血を流しながら、もう一人の俺が赦しを請う。瞼が腫れ、鼻は曲がり、腕はあらぬ方へ折れ、もう息も絶え絶えだ。それでもまだ足りない。俺は殴る手を止めない。

お前なんか死んでしまえ。俺なんか死んでしまえ。

誰か、殺してくれ。

「…くだらね…」

そう思いつつ、止めることが出来なかった。




 

 
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