【long】

□想詩
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「ねぇ彩菜ママ、私こんなに要らないから…」
「あら、女の子は色々と入り用なのよ?」

まるで… いや、娘が出来た事を素直に喜ぶ母さん、

「遥奈ちゃん、ほらお土産だよ!」
「国晴パパ…」

父さんはもちろんの事。手塚家の大人達はあらゆる愛情、尽力を遥奈へと注ぎ込んだ。


「遥奈!鏡台の置き場所は何処じゃ!!」

果てにはお祖父様までも。


「国一おじいちゃん、私、別にこんな「たわけェェい!!」
「Σ!?」
「…………可愛い孫に不自由な思いなどさせる訳にはいかんじゃろうが」
「え、孫…「分かったらさっさと鏡台の置き場所を教えんかァァ!!!!」
「は、はいっ!」

俺達家族のそれは、端から見れば偽善か、単なるお人好しにすぎないのかもしれない。
でもそのどれとも違う、俺達と遥奈の間には不思議な絆があるとどこか感じ信じていた。




遥奈にとってそれは重荷ではなかっただろうか。

戸惑いながらも作り笑う顔、

その顔の下で時折見せる、未だ晴れない表情を見ると僅か胸が痛む。




「遥奈、入るよ」

遥奈の部屋は俺の部屋の隣、壁一枚を隔てた向こう。客間を一変させたその部屋が遥奈の居場所だった。

「…これは?」

何度か立ち入ったそこの、チェストの上、父親の遺品だろう幾つかの品と、あどけなく笑う二人と、 赤子を抱く若い女性の姿写真がある。

「え?ああ…」

「お母さん」遥奈は平然と言い、

「家にはないと思ってたんだけど、お父さんが持ってたみたいなんだよね」

苦笑いを浮かべた。

「美人でしょ?」
「ああ、君によく似てるね」
「え、そうかな…」

それは遥奈によく似た笑顔を持つ女性。
写真に写る当時は二十歳位だろうか、まるで生き写したかのようなそれは、もしかしたら遥奈の…

何年後かの姿なのかもしれない。

そう思った気持ちは秘めたまま、

「あ、雨…」
「本当だ」

ふいと見やった外に淑やかに降り注ぐ雨粒、それを目に、俺は黙って部屋を後にした。










「──っ…」

時折するすすり泣く声、それは夜にのみ限り。

気を使わせたくないとでも思ったのだろうか… 逆に、特別遥奈が部屋に閉じこもる事はなく、

むしろ一人になる事を拒むように俺達の前に出ては笑顔をみせていた。




いつになったら笑ってくれるんだろう?

偽りでなく、心から俺達を信頼してくれるんだろうか。




彼を想う娘の涙。

彼を… 母を想い偲び、止めどなく流れる、

その涙も無常の雨音に霞んでいく…


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