【long】

□無辜
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「ただいまー」と言ってすぐに口をつぐんだ、

大会二回戦を直前に控えた、蒸し暑いある日。いつものように開けた玄関の、目線の下… そこに、きちんと揃えられた見慣れない男物の革靴が目に入った。

誰かみえてるのかしら、

でも、それは別に不自然なわけじゃない。むしろ国一おじいちゃんを訪ねて手塚家にやって来る人はこれまでに幾人もいたし。
ただいつもと違ったのは、

「おお帰ったか。遥奈、こちらに来なさい」

その客人と何の関係もないかと思われた私が、その場… 客間に呼びつけられた事だった。


「こんにちは」


「失礼します」と一声掛けてそこに入った。
客間にいたのは国一おじいちゃんと、国一おじいちゃんと同じくらいの年配の男性。

「ほう、この子が…」
「そうじゃ」
「?」

品定めってわけじゃないけど、その人は改まって、ほう‥と私を見やる。
訳も分からないまま戸惑い、不思議顔をした私に、見兼ねた国一おじいちゃんが口を開いた。

「紹介せねばならんな、こやつは儂と長い事付き合いのある男でな、「真田じゃ、覚えておらんか?」
「…コホン!神奈川県警で剣道の指導をしておる」
「君のお父さんと稽古した事もあるんじゃぞ」

「その頃はまだ君はこんなにも幼い子どもだったか」座高位置の高さまで手を上げて、真田というその男性はどこか懐かしげに目を細めて言った、

「あれから何年経ったか… あの子どもが。大きくなったな…」


やっぱり私は、よく分からなかったんだけど。

ただ頭の中、脳をフル回転させて呼び覚ましているのはお父さんの記憶。お父さんと、その周りの…


ああそうか、

この人はお父さんを知っているんだ──


「しかしお前の元に身を寄せるとは、奇縁としか言い様がないわい」

「フン、」それを聞いた国一おじいちゃんは優越そうに笑った、

「お主が相当不得手だったとみえる」
「何っ!?」

途端にいがみ合う、それも、お父さんが原因だなんてと思わず笑ってしまった私に気を良くしたのか、二人は顔を見合わせ穏やかに、

「でまぁ、今日は近くまで用で来たんでな、仏壇参りも兼ねて「儂の顔を拝みに来たという訳か」
「て、手塚貴様…!」

水を差すなと言わんばかり、仲がいいのか悪いのか… まるで子どものような、というか、まるでいつもと違う国一おじいちゃんの振る舞いに驚いた。

「ところで遥奈さん、」気を取り直して、その人が言う、…意外な展開に私はさらに驚く事になる。

「儂にも遥奈さんと同じ頃合いの孫がおるんだが… こいつがどうも奥手でな。どうじゃ、儂の孫と友達になってやってはくれんかね」
「……え?」
「何を言うかお前という奴は!」

凄い形相でその真田という男性を睨む、当の真田のお爺さんはそれにも構わず揚々と、袂から携帯電話を取り出した。

「え、あの…」
「孫には儂から言っておくから大丈夫じゃ」
「いや、え?あの…」

「名は弦一郎と言ってな、」さらさらと支度したメモに数列を記していく。最後に、そのどこかで聞いた事のあるような名前を書き加えた。

真田…

「Σえ!あの真田くんのおじいちゃん!?」とは言えなかったけど、

驚いた顔をした私を見て、真田くんのお祖父さんは愉快そうに言って笑ったのだった、

「シクヨロで、一つ頼むわい」
「…え、」

えええ〜…


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