その他3

□先生の、
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最初は、見てるだけでよかった。
好きでいられるだけで幸せだった。
だけど、人間っていうのは貪欲だよね。
もっともっと、って、思っちゃうんだもん。






『…今日はテスト前ということで、自習にしたいと思うから、各自苦手なところ復習しておくこと』

『『『はーい』』』


今日は週に三回程度の数学の時間。伊月先生の声が聞くことができる、顔を見ることができる、苗字を呼んでもらえる、とても大切な時間。正直勉強どころじゃない。

ぼーっとしていると誰かに頭をこつんと叩かれた。


『ほら、さっさと自習する』

「は、はい」


ああやばい。ああやばい。先生がこんなに近くにいる。それだけでも私の心臓はどっくんどっくんと高鳴っていた。もういろんな意味でやばい。おかしくなっちゃいそう。


「せ、先生、ここの問題…」

『あぁ、これは…この式をこっちの式に代入して………』

「…ありがとう、ございます」


なんで私先生に質問なんてしたんだ!自分から話しかけるだなんて恥ずかしい。先生の顔をまともに見れないでいると、先生の両手が私の机をついた。


「…先生?」

『……ごめ、』


ごめん。多分そう言おうとしたんだと思う。でもそれは言葉となって発されることはなく、先生の吐息に呑み込まれた。
そしてそのまま、先生は倒れた。






『………』


真っ白な天井。軋むベッド。きっとここは保健室だろう。でもなんで俺はこんなところにいる?さっきまで自習をしていたはず。そこから、記憶がない。頭に手を当てていると、保健室の先生がカーテンの隙間から顔を覗かせた。


『具合はどうですか?』

『あのー、なんで僕こんなところにいるんでしょう』

『えっ?!教室で倒れたんですよ!高熱で』


倒れた?高熱?そういえば今日ずっとふらつくような感じがしたのはそのせいか。


『そしたらね、神崎さんが慌てながら、しかも伊月先生を背負いながら、大変なんです。伊月先生が倒れて…なんて泣きながら言うんですよ。力もないのに無理して…』


神崎が?泣きながら?俺をここまで運んでくれた?いきなり言われて頭がついていかない。


『今、椅子に座って寝てますから、起こさないようにしてあげてくださいね。私、ちょっと出なければならなくなりましたので』


短く返事をすると、保険医はすぐに居なくなった。
ちら、とベッドに突っ伏している神崎を見て、頭を撫でる。するとぴくっ、と反応する。…起こしてしまっただろうか。


「……ん」


案の定、神崎は起きてしまった。しかも生徒の頭を撫でるだなんて、俺はどうしてしまったんだ。さっきからなんだか神崎の顔を見れないし。


「先生、大丈夫ですか?」

『あぁ、俺をここまで運んでくれたんだろ?ありがとな』


また思わず手が伸びた。でもはっ、っと気がつき急いで手を引っ込める。


「いえ…」


神崎が顔を真っ赤にして俯くもんだから、俺もどうしたらいいのかわからなくなる。
お互いなにも言わなくなった。沈黙が続く。保健室の独特な薬品の匂いと神崎から漂う甘い香りとが、混ざり合って変な感じがした。
これ以上二人きりという気まずさに耐えられる気がしなかった。俺は口を開く。


『そろそろ、授業に戻った方がよくないか?俺も、大丈夫だし』

「…え、やっぱり…私がいると、迷惑ですよね」

『そういう意味じゃないけど…』


教師として、これ以上生徒をさぼらせていいものだろうか。俺にもそういった責任はあるわけだし、さっきも言ったように二人きりは気まずい。やはりここは、教室に帰すべきだろう。


『俺が教室まで送ってくから、な?だから、』

「嫌」


嫌。そう言ったのは俺じゃない。だとすると、残る可能性は神崎が言った、ということ。多分今俺は間抜けな顔をしていると思う。驚きのあまり開いた口が塞がらない、とでもいうやつだ。
俺は『えっ?』っと問い返すと、神崎は泣きそうな目で「嫌なんです」と言う。


「先生の傍にいたい…」


このドキドキは熱のせい?こんなことを言われたせい?前者でありたいけど、今、一人の男として言わせてもらうなら、きっと俺は後者を選んでしまう。

俺は再びベッドに横になりながら、神崎の震える手を握り締めた。





先生の、隣にいてもいいですか?
(君がいると)
(安心できる)

(20111118)
 

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