頂きもの&捧げもの

□緑の葉っぱの向こう側
1ページ/3ページ

雲のほとんどない空から、真夏の日差しが容赦なく肌に突き刺さる。


ペットボトルの重りを持って校門から駆け上がる坂道ダッシュはかなりキツイ練習メニューのひとつ。



せめて冷たい水の入ったペットボトルだったらいいのに、


なんて軽口も言えないほどに喉はカラカラ。



荒く短い呼吸のままゴール地点に到達し、ユニフォームの袖で流れる汗を拭く。


ふらふらの足取りで崩れるようにどさりと樹下の影に仰向けになると若い黄緑色の葉が茂った隙間から空。



そら、あおいなぁ



目を閉じるとゆるやかな風が吹いて枝葉が揺れる音がさわさわ。


小さい青葉が重なって織り成す音は涼しげで気持ちがいい。


汗が引いてひんやりとしてくる。



『こら、いつまで寝転がってんだよ』


少し高め、心地よく響くやさしい声。


見上げるとやわらかい木洩れ日を背に栄口が腰に手を当てている。



きらきらしてんなぁ



目が合うだけで、頬が緩んでしまう。



『みんなもうグラウンドに行ったぞ』


『立てないよぉ。さかえぐちぃ、引っ張ってぇ』



差し出した右手。



『もー、しょうがないなぁ』



ぜーんぶ許してくれてるみたいな口調。


栄口の特別になれたらいいのに。


重ねられる右手はごく自然。


ぐいっと引き上げられて、目線の高さが同じになる。



もっと近づいても、いい?



立ち上がった勢いで、そのままそっと抱き締める。



ユニフォームも肌も熱を帯びていて。


太陽みたいに熱い。


自分腕のなかに確かに"存在する"という実感が強くなる。



『やさしーね。栄口、だぁいすき』



ほんとはどきどきしてるんだけど。



ぜったいひみつ。



だから、冗談みたいにかぁるく、ね。




『はいはい。ほら行くよ』




腕から太陽がすり抜けて、代わりに風がふわり。




俺の想いなんてしらない君。



しょうがないなって言われるたびに、だいすきって言ってるの、しってる?



俺のだいすきで栄口の心が埋まってしまえばいいのに。




気付いて。



うそ。気付かないで。



特別になりたい。



でも、困らせたくはナイ。



栄口の一番近くにいたいんだ。



だから、親友のポジションは俺にちょうだい。



それなら困らないよね。



それなら、いいよね?








理由なんて何でもいい。


古典の訳があたる、とか、英和辞典忘れたとか。


今日の理由はアベにしよう。


阿部が意地悪ばっかり言うから7組から逃げてきた。


うん。最もなカンジ。


アイツ何かとうるさいんだもん。



栄口とは大違い。


なんで同じクラスになれなかったんだろ?


今度、昼メシ一緒に食べよってのもいいな。


栄口と過ごす時間を作るためなら何だってしちゃうよ。



軽い足取りで鼻歌混じりに1組に向かう。


昼休みに入った廊下はざわざわとしてたくさんの生徒が行き交う。



前方に茶色い短髪発見。


あのまぁるい後頭部は栄口だぁ。



教室に到着する前に会うことが出来てうれしくて走りだそうとした瞬間。


『栄口くん、待って!』


声と共に1組の教室から走り出てきたオンナノコ。


『私も一緒に行く!いいでしょ?』


栄口よりも頭ひとつ分小さい彼女は首をかしげて、甘えたように見上げている。



ナニそれ?



そんなしぐさに騙されたりしないよ。



ほら、早く断っちゃえよ。



やんわり断わる常套句あるじゃん。



また今度、とかさ。



適当に言っちゃってよ。





それなのに…




栄口が発した言葉は。



『もー、しょうがないなぁ』




あ、それ…ダメ。



ダメだ、よ。




そのセリフのアトにいつも言う俺の言葉覚えてないの?



気にも止めない…かぁ…





うれしそうに微笑んで、栄口の二の腕に手を添えた彼女。


その柔らかくてなめらかな動きに息をのむ。


はにかむように笑うふたりから視線を外せない。



細くて白い手足。



チェックのスカート。



ゆるくウエーブした茶色い髪は肩あたりでふわふわと揺れている。




栄口の背中が大きく見えるのは、当然のように隣を歩く彼女のせい。



頭の中が真っ白になって立ち尽くす間に俺との距離はどんどん広がる。






信じらんね…



ナニが信じられないかって…




心臓に穴でも空いてんの?ってくらいに胸がイタイ。




『ッ…いてッ…』




ぐっと胸元のシャツを握ったところで痛みは治まらない。




もっともっと、奥の方。





.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ