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□秋霖翠雨
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毎日練習が当たり前な日々の中、職員会議か何かで空いた貴重な休日。

朝から澄み渡る薄いブルーの空に少しひんやりとした空気が混じる秋の気配。

家にいるのがもったいなくて黒のバットケースを肩にいつもの小さめのショルダーバッグを斜め掛けにして外に出た。

軽く足首を回し屈伸をしてから、ベージュのキャップを被り直し走り出す。

20分程走った先にあるバッティングセンターを目指して。


毎日練習がキツいのに結局休みの日でも練習しちゃうのって何なんだろうね?そう言ってふにゃりと笑うアイツを思い出し、走りながら笑ってしまう。

ほんと何なんだろうね?見かけに反して意外と練習熱心で最後まで絶対に手を抜かないアイツ。

同じようにランニングしたりしているんだろうか。



土手や歩道を走り続け、車が多く走る通りに出るとバッティングセンターの大きな看板が見えた。

大通りに出るとファミレスやホームセンターの大型チェーン店が立ち並び人通りも多くなってきて徐々に走るスピードを緩めていき呼吸を整えてジョグペースに切り替える。

このバッティングセンターにはひとりで行くと決めている。

苦手な球筋を何度も確認したり、内角、外角を見極めるには集中したいし、自分と向き合う時間にしたい。

チームの勝利の為には打順的にバント処理が多いのは事実だけど、どんなチャンスも活かすためにはあらゆる練習をしておきたい。

さあ、がんばろう!ワクワクするような気持ちでバッティングセンターの扉を開けた。




あんなに晴れていたのにな‥

2時間ほど練習をして外に出ると、空は一転してどんよりとした分厚い雲に覆われている。

遠くで雷の音が聞こえ強い風が吹くと、ポツリポツリと雨が降り出しアスファルトを見る見る黒く染めだした。


うーん。どうしようか。雨に当たっても平気、かな?

ずっとここにいる訳にもいかないし。

幸いキャップも被ってるし、バットケースは皮製だから拭けばいいか。

ちらりと見て、あ、と思う。

このキーホルダー濡れても錆びたりしないよな。

先日ショッピングモールに行ったとき、偶然桐青の島崎さんに会って一日遊んで、帰りに貰ってしまったキーホルダー。

すごく気に入ってどこに付けようかと迷って迷って。

大切なバットケースのファスナーに取り付けた銀色のキーホルダー。

これ見ると島崎さんと過ごした日を思い出すんだよな。


考えている間にも少しずつ雨が強くなってきている気がするし、とりあえず走るか。

ザッーという音のなかに飛び込み、身体に強く雨が当たる中、思い切って走り出す。が、想像以上に雨が酷くなり、視界が悪くなってきて、5分も経たないうちにギブアップ。

ファミレスの屋根で雨宿りしているひとがいる隙間にするりと入り、ずぶ濡れになったキャップを脱いだ。

街路樹や植込みの葉に雨粒がパタパタと音を立てて降りしきる。


参ったな‥
Tシャツは身体に張り付き、ポタポタと髪から雫が落ちる。

見上げた空は曇天。雨はますます強くなってきた。時折、雷が低く鳴り響いている。

どれだけ雨を眺めていても強くなる一方だ。

少し先に行けばホームセンターがあったはず。そこまで走って傘を買おうか、迷っているうちに身体が冷えてきてなんだかまずい気がする。


よし、と気合いを入れて再び冷たい雨の中に走り出したとき、通りを歩いていたひとがさしていた真っ白な傘の露先にぶつかってしまい、白い傘がくるりと回った。

『あ、すみませ‥』

慌てて謝ろうと振り向き、傘をさしたひととぱちりと目が合う。

『あ、』

驚いて見開いた瞳は澄んだグレー。

茶色くて軽い髪にメンズファッション雑誌の表紙のような整った顔立ちのそのひと。

『島崎さん!?あ、の、お久しぶりです』
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