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□アンブラッセ
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July mizutani side
『おれ、なにやってんだろ…』
俯いたまま大きなため息を漏らし、いつの間にか長く伸びすぎた前髪をくしゃりと握った。
これまでそれなりに努力して自分で道を選んできたつもりだった。
だけど、今頃になってわかったのは、目標のないままなんとなく進んだだけ。
成績に無理のない大学に行って、無難な会社に就職して。
企業説明会に何回も行ったし、入社試験のときは勉強だってした。
だから内定通知がきたときは嬉しくて、気の合う仲間と飲み会もした。
親元を離れて憧れていた一人暮らしも始めて、順調だと思っていたのに…
新入社員研修まではまだよかった。
実際に部署に配置されると配属先によって仕事内容はもちろん雰囲気や新入社員に対しての待遇が違うことが見えてくる。
おれが配属された営業課は実績重視。
1ヶ月間は先輩社員と得意先に挨拶回りをしながら仕事を覚えていたけど、次の月からはたったひとり。
新規開拓という、いわゆる飛び込み営業というものに行かされた。
同時入社の奴らはコネを使って実績を上げるものもいるかと思えば、既に2人も早々に退職してしまった。
一日中くたくたになるまで歩き回って商品カタログを企業に説明し、帰社したらパソコン入力。
各社ごとのデータ管理や資料作成を深夜まで打ち込み、間近に迫った会議資料を上司に見せるたびに訂正されて突き返される。
いつも終電ギリギリの電車に揺られてうとうとして。
重い身体を引きずり部屋に帰ると当然のように食欲もなく、とりあえずシャワーを浴びて。
ソファーでニュースを見ているうちに眠ってしまい、気がつけばもう次の朝。
こんな生活を半年以上繰り返し続けてきて最近は吐き気がする。
いつも無理して、頑張って頑張って…
ひとと比べたり、評価ばかり気にして…
こんなの本当の自分じゃないって思うのに、やっと入社した会社を辞めるのは負けのような気がするし、無職になって実家に帰るのもいやだ。
自分らしく生きたいのに…
自分らしくってかんたんなようで案外むずかしいよな…
ほんとうは会社に戻んなきゃいけない時間なんだろうけど、自分のデスクに山のように積まれたファイルを思い出すだけで頭がいたい。
少し休もうと思って最寄駅近くの緑地公園のベンチに座ってから、もう小一時間は経っているかもしれない。
『もーやだ。ほんとは何がしたかったんだっけ…』
目の奥がいたい…
ぎゅっと目を瞑り何度目かの大きなため息を漏らして缶コーヒーを握りしめた。
『あの………』
さわさわと木の葉が風にゆれる音に混じるやわらかな声音。
そのやさしい音は染み入るように胸に入り込んできて、どこかなつかしい気持ちさえする。
押しつぶされそうになっている心が深呼吸するような…
『あの……だいじょうぶ…ですか?』
『ふへぇ?』
やわらかい声はさっきよりも意志を持って響き、慌てて顔をあげた。
2013.12.5