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□二択問題
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わたしが微笑み返すとあなたは優しくくちづけた。
あなたがわたしの喉元にナイフをあてていることを除けば、本当にただの恋人同士みたいなのにね。
まあ、そんなことあるわけが無いのだけれど。
だってこれは、君が私を深く傷つける前の、儀式のようなものだから。



「さて突然ですが問題です」

あなたはおどけた調子で肩をすくめ、うたうように軽やかに言った。

「いま起こっていることは現実でしょうか、それとも夢の中のできごとかな?」



周囲を見渡しても、あたりにはただ不確かな闇が広がっているだけだ。

黒の中、目の前にいるあなただけは不自然なほどはっきりとよく見える。
強く触れたら損なってしまうような儚い美しさを持つあなただけが、唯一の本当に思えた。



「あなた次第だよ」

わたしの答えを聞くと、あなたは悲愴な表情を浮かべて視線を落とした。
つられて下を見ると、拙い手つきで銀色のナイフを握りなおすのがわかる。


「僕にはわからないよ。だから君に訊いてみたのに」


私は唐突に、この質問に秘められた彼の意図を、込められた意味を、理解してしまった。
ついに、このときがきたのか。これは真摯な姿勢で答えなくてはならない。
自分の顔が映りこむ銀の刃を眺めながら逡巡していると、昔誰かから教わったことがふいに思い出された。
忘れかけていた、けれどもいつでもわたしの頭の片隅に存在していた言葉たち。



「なにかが終わるなんてさみしいことでしょう。どのような結末でも望まれない
のは当たり前だよ。でも」

一呼吸だけおいて、続ける。

「終わらせられることはきっと幸せなんだとも思う。これが夢なら、きっとずっ
と終焉はこない」


ゆっくりと首を傾げ、不思議そうな表情でわたしを伺うあなた。

「つまり君は、これが現実であってほしいと、」
「ええ。答えは現実」

「その言葉の意味を、ちゃんとわかってる? 君はそう望んでいるの?」
「……わたしは痛いのはあまり好きじゃないからね、五分五分といったところかな
。だからこれは賭けみたいなものだよ」






あなたは泣きそうな顔で、そんな顔で笑顔を造った。その動作はとても痛々しく、とても愛おしく感じられた。
わたしは両手をいっぱいに広げて、そんなあなたを抱きしめる。


あなたは私を憎んでいる。
愛した人にそんな感情を持たれるのは、ひどく悲しいことだ。

けれども、あなたが私に強く執着する理由が憎悪ならば、私はそれすらも愛おしい。
憎悪という形で、私を想っているのだから。そういった意味で、私はあなたの全てだ。


「あなたの世界を、壊してみたら?」

毒を吐いた、強がりな私。
ああ、いま綺麗に笑えているといいな。
あなたの目に映った私を見るのが好きなの
それが憎しみの視線だとは知っている。それでも。


痛みが来るまえに耳が捉えたのは、小さくついた溜息とともに紡がれたあなたの言葉だった。
私を詰る、いつもの声色。
「……君ってほんとうに、自惚れたひとだ」






「決してこんな結末を望んだはずではなかったのに、おかしいね」

世界の端っこでわたしは笑った






fin.

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