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□MASK
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不意に足音が聞こえた。ああ例によって例の如く彼が来るのかと、瞳を閉じて待つ。
ソファーにもたれ掛かっている私は、ただ目を瞑るだけで寝たふりができるのだ。
「おいルミ、…寝てんのか」
乱暴な声が聞こえたがもちろん返事などせずに、細心の注意を払って体の力を抜く。緊張しながらも表情を読み取られないように意識しながら、規則正しい呼吸音をたてる。
彼はしばらく私を伺うように黙っていたが、ぽそりと呟いた。
「痛い、んだよな…」
それからそっと体を抱き寄せられる。肌と肌が触れただけなのにもう既に恐怖を感じ、意図せずとも身が固くなった。
しかし彼は私を離さない。腹に顔を埋めているようだった。
「…してる」
辛うじて聞き取れる低く掠れた言葉は、涙で濡れていた。
「愛してるんだ」
切なげな声。普段は決して見られない愛情に満ちた声色と動作。伝わってくる振動から、彼が震えているのがわかった。
例によって例の如く、彼は泣いているらしい。
泣くくらいなら私を傷付けなければ良いのに。本当にばかなひと。
今すぐに抱きしめ返したいのに、様々な葛藤がその衝動を阻む。
彼は酷いことをした後いつも、寝ている私にこうして懺悔の儀式をするのだった。世の中は残酷だと思う。私は彼と愛し合いたいのに、彼が私を愛してくれる唯一の時間に、私は愛を伝えることもできない。