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□恋を知る人
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「ねェ、長太郎先輩…。恋ってどんなカンジだと思う?」
ことりと首を傾けて、可愛い後輩は笑っていた。



まだまだ厳しい残暑の折り、夕飯のおかずに冷奴が食べたくて丸久豆腐店に足を運ぶ。陽介が聞いたら卒倒しそうな話だな、なんて考えながら店先に立つと、愛らしく笑うりせが接客をしてくれた。
「いらっしゃい、長太郎先輩!菜々子ちゃんは?」
「菜々子は遼太郎さんと一緒にお留守番。絹ごし豆腐三丁ください」
「ふふ、堂島さんがお留守番とか似合わなーい!」
滑らかな光沢を放つ絹ごし豆腐を指差すと、りせは一つ一つを丁寧に袋に入れてくれる。慣れた手付きで品物を扱う姿は、祖母が作る豆腐に愛情を持って接しているのが窺えた。
「お待ちどうさま!」
かさり、とビニール袋が鳴って眩いばかりの笑顔が咲く。特捜隊の女子達は皆魅力的で、笑みは一様に華やかだが、りせのそれは群を抜いている。
元アイドルであることがそうさせるのか、りせが本来持つ性質が描き出す物か。どちらともない鮮やかな陰影を映す瞳が、切り子硝子のように輝いていた。
「有難う、りせ」
「ねェ…長太郎先輩。恋ってどんなカンジだと思う?」
ビニール袋を受け取ろうと伸ばした手を、白く華奢な指で以て絡め取られる。ことり、と首を傾げて可愛らしく微笑むりせ。世の男全てを堕としてしまいそうな媚態を匂わせながらも、一輪の花にも似た可憐さも持ち合わせている。
「どうして、俺にそんなことを聞くの?」
繋がれた指先をあやすように撫でてやれば、猫が鳴くようにりせは吐息を溢した。解こうと思えば解ける。しかし、解いてしまえば罪の意識に苛まれそうな。そんな複雑な色を宿した爪が、夕陽を弾いてつやりと濡れた。
「さぁ、どうしてでしょう?」
影がざわめくのを感じたのは、決して気のせいではない筈だ。薄桃色をした唇が笑みを深めたのを見て、そう思う。隠しごとなど出来やしないのだ。内なる彼女には、全て見透かされている。
「渡す気は、ないよ」
いよいよ心を決めて、絡まる指を振り解く。予想より呆気なく離れたりせの指は、一瞬だけ何かに縋るように空を掻いた。
「恋を知ってるなら教えてくれてもいいのに。意地悪…」
むくれた頬と尖らせた唇は、何時ものりせその物で、僅かに俺は安堵した。夕陽の欠片が、今まさに失われようと山裾に吸い込まれて行く。随分と長居をしてしまったようだ。慌ててお代を渡すと、りせが何かを強請るように上目遣いでこちらを見詰めて来る。
「りせ、また明日な」
ふわりと柔らかな髪を撫でてやれば、再び咲いた笑顔の花。もう翳りは見られず、そのままの色を映し出す。甘やかな声が一つ木霊した。
「またね、先輩」
響きが齎した痛みに目を背けず、少女は静かに佇んでいた。知らぬ恋に焦がれる、ただそれだけの為に。



*



雪子だけじゃなくて、りせも好き。

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