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□神様の殺し方
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「余談なんやけど、食べ物に纏わる恐〜い話として、こんなのがあるっぺよ」
気怠い午後の授業で、生徒のやる気は急降下を辿る一方。
これは不味いと思ったのか、担当教師は笑い話を交えて授業を進め、必死に覚醒を促し、どうにかこうにか、生徒達を終了まで持ちこたえさせることが出来た。
そして少し時間が余ったので、古典文学に出て来る食べ物の話をしようと、まずは食物を生み出す日本の女神の話になった。
「その恐い話の主人公は、オオゲツヒメという女神なんだべ。彼女は心優しく、料理の腕も抜群!アマテラスオオカミも彼女のことを大層可愛がっていたんよ」
教師の声に耳を傾ける番は僅かに反応を示した。
よく知っている女神の名前を耳にして、少し擽ったい気分になる。
それはきっと、斜め前で授業を受ける雪子も同じ気分なのだろう。
「ある日、そんなオオゲツヒメの所に現れたのは、高天ヶ原一番の暴れん坊、スサノオノミコト。スサノオの名前の由来は『荒ぶ者』っちゅー位で、姉のアマテラスも手を付けられんかったんや」
再び知った名前が聞こえ、番は自分の後ろの陽介のことを、ちらりと盗み見る。
しかし陽介は完全に眠気に負けて、机に伏せて幸せそうに眠っていた。
激しさの欠片も見当たらない姿からでは想像出来ないが、細い体の中には荒ぶる神の魂が息づいているのだ。
「腹を空かせたスサノオに、オオゲツヒメは食事を振る舞うんやけど、その途中にスサノオは見てしまったっぺよ。自分の口や肛門から食べ物を生み出すオオゲツヒメの姿を!」
少し下品な話に、教室の中からは「気持ち悪い」や「あり得ない」といった笑い声が聞こえる。
あくまで古典の中の話なのだが、やはりインパクトは大きいらしく、番もそのシュールな光景を想像して目眩を感じた。
「で、スサノオは『穢らわしい物を食べさせるとはどういうことだ!』と怒り狂い、オオゲツヒメを斬り殺してしまったんだべ。殺されたオオゲツヒメの体からは米や麦が溢れて、今でもこの国を潤してくれてるんやで」
にこにこ笑いながら、とんでもない結末を話す教師は、鳴り始めたチャイムに合わせ「ほなまた来週」と、教室を出て行った。
ガタガタと椅子を鳴らして帰宅の準備をする他の生徒に倣い、番も後ろの陽介を振り返る。
そこには、つい先程まで眠りの世界を漂っていた割に、しっかりと目を覚ました陽介がいて、心底嫌そうに呟いた。
「アイツ何やってんだよ…」
「アイツって…」
ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き混ぜながら、陽介は声を荒げた。
「スサノオだよ、スサノオ!理由も聞かないで同じカミサマ殺しちゃうなんて、横暴過ぎんだろ」
話の流れからして、恐らく陽介は自分の中のもう一人の自分に腹を立てているんだろうな、と番は予想する。
随分と憎たらしい口の利き方をする金の瞳の『陽介』は、新しい力によってスサノオに転生したのだ。
自分がよく知る名前が出て来たことにより、午睡の世界から抜けてみたものの、余りにもショッキングな話の展開に、陽介の感情は収まらないのだろう。
「いや、陽介。これは日本神話の中のことであってだな。お前の中のスサノオとは違うと、」
「解ってるっつーの!解ってるけど、さ…」
宥めてフォローしようとする番を遮って、陽介は机の上に載せた掌をきつく握った。
「相手のこと考えて頑張ってメシ造ったのに、それを…殺さなくてもいいじゃねーか」
教室に射し込む鈍い午後の光が、陽介の甘やかな色をした瞳を揺らす。
感受性の強い陽介は、遥か古の物語でさえ痛みを我が事のように感じているのだろう。
スサノオの力を宿して戦っている己がいるからこそ、尚更。
しょぼくれた犬みたいに項垂れる陽介に、どう言葉をかければいいか、番はふわふわした鳶色の髪を撫でながら思案する。
今日はテレビの中に入る予定もないので、ゆっくりと陽介に付き合うつもりでいる。
長期戦になるかな、と番が覚悟した時、涼やかな声が二人に降り注いだ。
「ねぇ、花村君」
声の主は帰り支度をしていた雪子で、いつも賑やかな親友の姿は隣にない。
「あまぎ…」
少し赤くなった鼻をぐすんと鳴らし、陽介が雪子を見上げる。
「さっきの授業、私のペルソナの名前が出て来てなんだか擽ったかったよ。日本神話って面白いね、本格的に勉強してみようかな」
鈴を転がしたようにくすくすと笑う雪子が冗談ぽく言うが、陽介の機嫌は下向きのまま。
「出来の悪い弟がいて、お姉様も大変だな」
「お母様を迎えに行って、約束破って逃げ帰った挙げ句、夫婦喧嘩をするようなお父様も持つ苦労性娘ですから」
「はは…手厳しい」
番が茶化すように言うと、雪子は綺麗な笑顔のままでちくりと付け加えるを忘れない。
少し膝を落として、机に視線を落とす陽介に目線を合わせ、穏やかに雪子は語り掛ける。
「もう一人の私は、世界を照らす仕事を放棄して、暗ーい洞窟に引き籠っちゃうんだよ。沢山の人に呼ばれても知らんぷりして、嫌なことから目を背けていたの。番君なんて、迎えに行った奥さんが醜かったから、棄てて来ちゃうんだし」
ぐさりと刺さる台詞は聞かなかったことにして、番は一層慈しみを込めて陽介の頭を撫でた。
「俺達は神が持つ光の部分も影の部分も二つとも受け入れて戦うんだ。両方が合わさるからこそ強い力を発揮できるんじゃないか?」
励ましの言葉が暖かい掌を通じて、じんわりと陽介の心に広がっていく。
受け入れたもう一人の存在にまでその温もりは伝わり、影に微睡みながらもしっかりと喜んでいるようだ。
荒ぶる気性ばかりが特筆されがちだが、神話のスサノオは元々、純粋で強い性質の持ち主だ。
結局は高天ヶ原を追放されるが、行く先々で多くの英雄談を残し、今も人々に愛され続けている。
光と影の狭間で力を受ける自分達だからこそ、それを深く知っていくことが出来るのだ。
気遣う二対の瞳が、真っ直ぐ自分に向けられるのを気恥ずかしそうに陽介は首を竦める。
「へへ、腹減った。何か食いに行こうぜ」
「そうするか。天城も一緒にどう?」
「きつねうどん食べたい」
「じゃ、ジュネスだな!」
賑やかに顔を見合わせて三人で笑うと、陽介の胸の奥が暖かく揺らめいた。
「早くしないと置いて行くぞ」
「花村君のツケで注文しちゃおうかな」
さっさと荷物を纏めて先に歩き出す番と雪子の背中を慌てて追い掛ける。
「有難な」
琥珀色の瞳が、午後の光を透かして一瞬だけ黄金色に輝いた。


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父と姉と弟のgdgd話。

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