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□比翼の鳥3
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ここは、先日の日本大会で優勝をした月森と、3位になった陽介が通うスケートクラブ。
12時を過ぎ、昼休憩に入ったのでいつもなら生徒が沢山滑るリンクも閑散としている。
生徒達は休憩室で家庭から持参した弁当や、買ったパンなどを食べながら談笑し、思い思いの時間を過ごしていた。
「あ、月森君と花村だ〜!」
生徒達が溢れる休憩室で、空いている席はないかと月森と陽介が辺りを見渡していると、賑やかに二人を呼び止める声。
「良かったら一緒に食べない?」
にこやかに手を振る黒髪の少女に気付いて、陽介も同じように手を振った。
「里中に天城じゃん。お疲れさん」
「二人とも来てたんだな」
四人掛けのテーブルに有り難く相席させて貰いながら、月森と陽介も自分の昼食を広げる。
しばらく千枝と雪子達と談笑し、和やかな時間を過ごす。
少女達二人も、このスケートクラブに所属し、優秀な成績を収める選手だ。
陽介と千枝が古くからの知り合いということもあり、四人で過ごすことが多い。
千枝はパワフルなジャンプを得意とし、特に三回転ジャンプの高さには定評がある。
対して雪子は、高校生離れした細かい表現力と、美しいスパイラルを高く評価されており、熱烈なファンも多い。
一旦試合になればライバルだが、二人は幼馴染みでとても仲が良い。
今季から月森達と同じようにシニアデビューを果たし、世界各国の大会に出場している。
本日は全員がたまたま調整の為に寄っただけのようで、またしばらく互いの顔が見られない日々になるだろう。
「月森君、この前の大会、優勝おめでとう」
「花村も惜しかったね」
少女達が興奮気味に月森と陽介を祝福する。
「う〜ん、俺なんかまだまだ全然だし。でも孝介の四回転すげー格好良かった!」
陽介が目を輝かせながら、当日の試合中の感想を事細かに語っていると、机の上に置いていた携帯が震えて着信を知らせる。
「陽介、携帯鳴ってる」
「あ、ホントだ。悪ィ、ちょっと出て来るわ」
急いで携帯を持って休憩室を飛び出す陽介を見送ると、千枝がまるで内緒話をするかのように身を乗り出した。
「ねぇ、月森君。最近花村の奴、変わったよね?」
「あ、千枝もそう思う?」
千枝と雪子がひそひそと話す内容は月森にも覚えがある。
先日の大会のショートプログラムでは、陽気なカリブの海賊達を快活な表情で演じた陽介。
しかし、一転してフリープログラムでは黒のクラシカルなシャツを着て、祈るような表情で夜想曲を滑った。
リンクサイドでそれを見ていた月森は、次が自分の出番だということすら忘れて、陽介の演技に見入ってしまっていた。
優しく切な気に瞳を揺らめかせ、ピアノの音に合わせて滑る陽介が本当に綺麗で、胸の鼓動が早くなったのを覚えている。
「綺麗だったよね、花村君」
雪子がうっとりと目を細めて呟く。
千枝も「悔しいけどねー」と笑いながら隣で頷いた。
少年のあどけなさを残しつつ、確実に大人になっていく陽介に、月森は僅かな寂寥感を覚える。
いつも隣で無邪気に笑っていた少年が、翼を得て遠くに飛び立とうとしているのだ。
「ふふ、何だか寂しそうだね」
ぼんやりとしていると、雪子に鋭く指摘される。
正に痛い所を突かれたが、負けじと月森は挑戦的に笑った。
「まぁね。でも離す気もないし、逃がしもしないさ」
互いが生きてきた時間を半分近く並んで歩いて来たのだ。
今更彼のいない人生など想像も出来ない。
ならば、自分も同じ位高く飛べばいいのだ。
陽介の隣を他人に譲る気など、さらさらない。
自分でも驚く程の変化だが、不思議とすんなり受け入れることが出来た。
「…月森君も変わったよね。いい顔するようになったし、負けず嫌いに磨きが掛かったっていうか」
かつての月森を知る千枝が笑いながら言う。
以前は正確無比な演技で表情も乏しかった少年が、今では一つのプログラムの中で喜怒哀楽を自在に表現するのだ。
その切っ掛けを作ったのは、間違いなく陽介で、千枝と雪子もそれにしっかりと気付いていた。
「お陰様で、ね」
悠然と微笑む月森の瞳には、もう一切の迷いさえない。
その自信に満ちた表情に、不覚にも少女達は微かに頬を染めたのだった。



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※この話はフィクションです。各選手、関係者様方とは一切の関わりはありません。


全体的に妄想で書いてます。
実際のスケート場がどんな風なのかは知りません(;´д`))

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