P4

□昔話をしませんか?
1ページ/1ページ

「キミは誰かを守りたいと思ったこと、ある?」
私はあるよ、と勝ち気な瞳を潤ませて、彼女は言った。



人数合わせの、詰まらない合コンに呼ばれ、俺は正直飽々していた。
賑やかなのは好きだけど、こんな風に意味もなく騒ぐのは好きじゃない。
どうせ飲むのなら、さっさと帰宅して番相手に安い缶酎ハイを傾ける方がずっといい。
「あーあ、帰りてェ…」
帰りが何時になるか解らないので、先に寝ていて欲しいと番にメールをしたら、素っ気なく「了解」とだけ返ってきた。
まだ時刻は22時半。
友人達はこれからが本番とばかりに、女の子を口説くボルテージを上げて、大騒ぎをしている。
そんな馬鹿騒ぎの喧騒に、頭痛がしてきたので、俺は居酒屋から出る。
店員に断ってドアを開けると、冷えきった冬の風に思わず首を竦めてしまう。
「さむー!」
真っ白な息を吐きながら、夜空を見上げるが、星は余り見えない。
ここは都会のド真ん中。
淀んだ空に輝く星なんか、たかが知れていた。
ふ、と隣を見れば、同じように外の空気を吸いに来たのか、ニットワンピ姿の女性がいた。
ピンク色のニットに、ハートのチョーカーを着けた女性は、こちらに気付いたのか、にっこりと笑う。
「キミも、頭冷やしに来たの?」
勝ち気な瞳をした彼女は、確か今回の合コン相手の一人だ。
自己紹介をしたきり会話をしてないが、野郎共は可愛い彼女にメロメロだった筈。
「はい。えーと…岳羽サン?」
俺より二つ年上だという岳羽さんは、驚いたように目を丸くする。
「名前、覚えてくれたんだね。ええと、」
「花村陽介です」
改めて自己紹介をすると、岳羽さんはにっこりと笑う。
猫みたいな目が笑うと柔らかくなり、綺麗というより可愛いかった。
「合コンとか慣れてないのにさ…人数合わせに呼ばれちゃって帰るタイミング逃しちゃったよ」
「はは、俺もです」
ブーツの爪先で小石を蹴飛ばす彼女の横顔は、慣れないことをしたせいで疲労しているのがよく解る。
「こんなこと、したい訳じゃないのに…」
重い呟きが桜色の唇から零れる。
岳羽さんは華やかな見た目に反して、根は真面目らしい。
「疲れたんなら、俺が幹事に上手く言いましょうか?顔色良くないですよ」
年上なのにどこか放っておけない。
無理をして笑う姿が、俺に懐かしい記憶を呼び覚ました。



気分の悪い岳羽さんを駅まで送っていくと友人に告げると、末代まで呪ってやると口々に罵られた。
神様の呪いをこの身に受けたこともあるので、人間の嫉妬なんか可愛い方だ。
岳羽さんも、女友達に申し訳なさそうに帰ることを告げて、俺と居酒屋を後にした。
「花村君、有難う。助かったよ…」
ぽつりぽつりと会話をしながら歩き、寒さから逃れるように駅前のカフェで一息吐く。
温かいカップで指先を温めながら、解放された表情で岳羽さんが言う。
「気分は大丈夫ですか?」
「お陰様で。私って誰かに助けて貰うばかりで、イヤになるよ…」
視線を下に落とし、遠い過去に想いを馳せるみたいに彼女は言う。
「何時も私を助けてくれた人は…もういないけど」
何かを諦め切れない表情で、重く呟いた言葉。
ああ、この人も大切な存在を亡くしたのか。
笑顔の裏で、悲しい過去を悔やみ続けているのだろう。
「…花村君。キミは誰かを守りたいと思ったこと、ある?」
真っ直ぐ射抜くように俺に問い掛けられる言葉。
見詰める瞳が潤んでいて、彼女が亡くした存在をどれだけ愛しく想っていたか窺えた。
「…あります。でも、俺は守りたい人を亡くしてから、誰かを守る力を手に入れました」
岳羽さんが息を呑む音が、カフェの喧騒の中でもはっきり聴こえる。
無理に笑みを作る岳羽さんが、嘗て恋をしていた年上の女性と重なった気がした。
さっき飲んだアルコールの力も手伝ってか、俺は懺悔するように言葉を続ける。
「強くなっても、沢山の人を危険な目に遭わせてしまいました。でも俺は相棒に誓ったんです。もう誰も死なせないって」
長くて短い沈黙の後、岳羽さんが静かに口を開いた。
「キミは強いね。私もそんな風に強くなりたかったよ…」
苦笑しながら俺に告げる声は、どこまでも優しかった。
たった二歳しか違わないのに、追い付けない差がある。
岳羽さんは腕時計に目を遣り、時間を確認した。
「帰らないと…。今日は、話せて良かった」
「俺もです」
猫みたいな目に、涙の痕は見られない。
最初に見た笑顔より、深い色を湛えた瞳。
傷付きながらも、強くなりたいと藻掻いた果てで笑う彼女は、本当に綺麗だった。

駅のホームに向かう華奢な背中を守るように、風が吹いていたのは、俺の見間違いではないだろう。

「番…起きてるかな」
先に寝ていて欲しいと言ったものの、何故か顔が見たくなってしまう。
家に帰ったら、あいつと飲み直そう。
昔の話をして、懐かしさに埋め尽くされたかった。



.




ちゃっかり同棲してる主花。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ