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□金糸雀さえも鳴かなくて。
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あの日、私は。
魂の声を、聴いていた。



自慢じゃないけれど、私は人より耳が良い。それは、芸能人という職業を選んだことも起因している。
歌を歌う為に行われる、ボイストレーニング。それから、色んな歌番組で触れることが出来た、魅力的な歌声達。
綺麗な音だけじゃない。あちこちで囁かれる悪口!聞きたくないけど、つい耳が音を拾ってしまうのだから始末が悪い。
悲鳴のような喚声も、ステージに叩き付けられるみたいな爆音も、私の毎日には音が満ち溢れていた。


ぞわり。霧に包まれた耳朶が冷たくなる。息を潜めた悪意の足音が微かに聞こえた瞬間、カンゼオンが警鐘を鳴らして私にシャドウの出現を伝えた。
「長太郎先輩!新しい敵だよ。数は4、距離は前方10メートル!」
カンゼオンが持つスコープ越しにはくっきりとシャドウの姿が映されて、此方へ迫るのが見えている。もう隠しもしない敵意が、後方に居る筈の私の肌にも否応なく突き刺さって痛い。人間の受け入れ難い憎悪が渦巻く空の下、シャドウの放つ瘴気に嫌な汗が伝った。
「大勢でお出迎えなんて、ホント人気者は辛いよな!」
「…確かに。陽介の言う通りだ。りせ、引き続きアナライズを頼む!」
耳に触れた優しい声の主なんて、確かめなくても解る。風を切って私の横を走り抜けた、しなやかな背中。二人の魂が奮える音をカンゼオンが耳を澄まして聴いていた。
「解った!…相手は雑魚だね。ぱぱっと蹴散らしちゃって」
長太郎先輩や、花村先輩達が集中して戦えるように、探知範囲を広げて周囲の様子も探る。幸い、他のシャドウ達は寄ってくる気配はないようで、一先ず安心した。
こんな状況で緊張感がないって怒られてしまいそうだけど、長太郎先輩と花村先輩は本当に格好が良い。二人ともが芸能界デビューしたら、あっと言う間にトップへ駆け上がることが出来るだろう。
今も目の前で繰り広げられている戦闘は、まるで舞台の一幕を見ているよう。それ程までに互いを補い、鼓舞し合う二人は神様が作ったみたいに綺麗だった。多分、堕ちない女の子はいないんじゃないかな。
「一丁上がり!」
「お疲れさん!」
ほんの少しの間に敵を殲滅させた長太郎先輩達は、掲げた手をぱちんと打ち鳴らして互いに笑い合っていた。霧で曖昧に溶けた世界の中で、その音は何よりも鮮やかに美しく響き渡っていく。
「やった、勝った!おめでとー!」
アナライズを終了して、二人に走り寄る。何時もみたいに長太郎先輩の腕に抱き着いて、それから隣の花村先輩とも腕を絡めた。
「おぉ、りせが俺にデレた!?」
「今日だけは特別なんだから!」
「はは、何だそれ」
両隣から降って来る、優しい音。それから、頭を撫でてくれる、大きさの違う二つの掌。
触れた場所から伝わるのは、美しく織り成された二つの旋律。それぞれの魂が奏でる、どうしようもない程切ない歌声だった。
「先輩達、喧嘩しちゃ駄目だよ。絶対!」
これからも、この音を聴いていたいから。必要のないお節介かもしれないけど、私は二つの掌を結んで、強くそう願ったのだった。


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しびれちゃう程、だいすきよ!
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