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□世界を創った其の後は。
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世界の始まりを、抱き締めた。


淡い春の始まりの日、哀しく世界を埋め尽くしていた霧が晴れた。
少年達が「テレビの中」と呼んでいた、霞んだ世界にも、漸く春が訪れた。
花が満ち、水面が輝く。
謳うように煌めく太陽が降り注ぐ、美しい世界。
そんな世界の真ん中で、微睡んでいたイザナギとスサノオに、招待状が届いた。
『何だコリャ』
手触りの良い和紙に、流麗な筆文字で以て、深紅の城へ二人へ来るようにとだけしたためられている。
差出人の名は無いものの、和紙からは焚き籠められた桜の薫りが微かにする。
『…アマテラスだな』
薫りに気付いたイザナギが、城の主の名を出すと、途端にスサノオの顔色が変わった。
『ね、姉様から?…嫌な予感しかしねぇよ』
がっくりと項垂れるスサノオが、アマテラスにどんな扱いを受けて来たか知るイザナギは、暫し思案に耽る。
態々、自分達を彼女が呼び出すような事態を想像出来なかったからだ。
『…取り敢えず、行くか』
『行くのかよ!?』
涙目になったスサノオの腕を掴んで、すたすたとイザナギが歩き出す。
それから不意に後ろを振り返り、金の双眸を眇めてあっさりといい放った。
『行かなかった場合、身の安全の保証はしてやれぬぞ』
存外に苛烈な性質を秘めたアマテラスのことだ。
またスサノオを構いたがり、散々な結末を用意していることだろう。
『……、い、行く』
観念した甘い色をした髪が、何処か萎れて見えて、密やかな笑みをイザナギは浮かべた。



変わって此処は、天城雪子が生み出した、深紅の城。
禍々しい色の空が無くなった今、陽光の中で佇む城は、まるでお伽噺のように美しかった。
『来ちまった…』
長い回廊をとぼとぼ歩くスサノオは、重い溜息を吐く。
『往生際の悪い』
少し前を歩くイザナギとて、アマテラスに振り回された過去を持つ。
出来れば穏便に事を済ませればと、つい頭を抱えてしまいそうになる。
二人で唸りながら進んだ先に、とうとう大きな扉が見えた。
扉の向こうは玉座の間で、恐らくアマテラスが待っていることだろう。
『開けるぞ』
僅かに緊張した面持ちのイザナギが、扉に手を掛けた。
スサノオも覚悟を決めたように、ぴったりとイザナギの後ろに張り付いて、次に待ち受けるであろう事態に備えている。
ギィ、と重厚な扉が開く。
途端に、二人の上に焔と氷で作られた、花弁がキラキラと降り注いだ。
儚い幻のような花弁が舞う。
焔と氷が各々を照らし合い、見事な綾影を織り成し、消えて行く。
二人は身構えた姿勢のまま、言葉も忘れて其れに見惚れていた。
『ようこそいらっしゃいました。お父様、スサノオ』
花弁の雨の中を、ゆっくりアマテラスが歩み出て来る。
彼女は何時もの豪奢なドレスを着ておらず、宿主と同じ格好で二人を出迎えた。
『アマテラス、何用だ』

イザナギが背筋を伸ばして、自然にスサノオを背後に庇う。
『相変わらずのお父様。ご挨拶位先にして下さっても、宜しいんじゃなくて?』
ばちばちと、イザナギとアマテラスの間に火花が散る。
空気を震わせる程の不協和音を生み出し始めたのを見て、スサノオが慌てて間に入った。
『で、何の用事だったんだ?』
必死な表情の弟に満足したのか、アマテラスはころりと態度を変えて微笑んだ。
『そうそう、其のことなんだけど…。皆、出て来て頂戴』

後ろを振り返って、アマテラスが呼び掛ける。
すると、柱の影から、今まで気配すら感じさせ無かった他の面子が出て来た。
『待ちくたびれた、遅い』
『ボク達、ずぅ〜っと待ってたんだよぉ』
スズカとロクテンが不服そうに文句を言う。
『主役は遅れて来るって言うけど、大御所気取りなんて、ナマイキ!』
『無駄な時間を過ごした埋め合わせ、覚えておけ』
カムイの頭の上に、カンゼオンが肘を付いて、きゃらきゃらと笑う。
『あ、あの…待ってたのに酷い』
ヤマトタケルも涙をいっぱいに溜めた瞳で、イザナギ達を睨んでいた。
『何の企みだ?』
『全員集まってる…』
イザナギとスサノオが氷付いた顔をすると、アマテラスが緩やかな笑みを描いた唇を開いた。
『覚えてないの?一年前の今日、お父様とスサノオが生まれたの。だから、其のお祝いで、皆に集まって貰ったの』
そう。
一年前の今日、まだ霧に覆われ狂った色をした空の下で、イザナギとスサノオは生まれたのだ。
本人達はすっかり忘れてしまったけれど、アマテラスは確り其のことを覚えていた。
だから、霧が晴れた後も他の影だった存在達と密かに通じて、此の日を指折り数えて待ち侘びていたのだ。
『お父様とスサノオが居たから、私達は生まれることが出来た。拒まずに受け入れて貰えた…』

眩いばかりに輝く程成長した少年達と、駆け抜けた一年。
何かを護る勇気と、真実と向き合うことで得た未来。
どうしようも無く魂を奮わせることに、至上の喜びを感じたのだから。
『本当に、ありがとね』
『感謝の気持ちを受け取ってぇ』
『素直にありがとう!こんなこと、滅多に言わないんだから』
『お前達に礼を言おう』
『こ、これからも、ボク達の傍に居て?』
口々に、イザナギとスサノオに感謝の言葉が降り注ぐ。
呆気に取られている二人に、アマテラスは恭しく頭を垂れた。
『どうか、此れからも輝く世界でお幸せに…』
アマテラスが初めて見せる、慈愛に満ちた微笑。
其れは宿主である少女の笑みに似ていて、桜の花のように美しかった。
『…へへ、吃驚したけど、こっちこそ有難うな』
『我等からも、礼を言う。共に戦い、真実に辿り着けたこと、誇りに思う』
イザナギとスサノオも、金の瞳を揺らめかせて、共に戦った仲間を真っ直ぐに見詰めた。
『積もる話も有りますから、彼方でゆっくりお話しましょう?』
『あぁ。良いよな、イザナギ?』
差し伸べられたアマテラスの手を取って、スサノオが甘く微笑む。
『スサノオ、お前が望むなら…』
元より、異論を唱える気の無いイザナギも、其れに従って後に続いた。

其の日深紅の城から、賑やかな声が絶えることは、遂に無かったのだった。


*
2012/4/15


生まれて来てくれて、ありがとう!

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