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□埋火
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聳え建つ深紅の城。設けられたバルコニーに、見目の麗しい少年と少女が二人。
少年の方は、甘い色の髪をふわりと弾ませ、細い手摺に危なげもなく腰掛けている。少女の方は、長い睫毛を密やかに伏せた瞳で、少年の隣に静かに並んでいた。
『姉様は、何でアイツが嫌いなの?』
不意にスサノオが口を開いた。本能に忠実な金の瞳が逸そ無邪気に輝いて、真っ直ぐに少女を見詰めていた。一方、問い掛けられたアマテラスは、あからさまに気分に害された様子で、秀麗な眉が潜められている。
『何故、今その話をするの?』
至って平静な声で問い返すアマテラスだったが、隠し切れない怒りが全身から陽炎のように立ち上っている。弱いシャドウならば、触れただけで灰塵に帰してしまいそうな熱を持っていたが、隣のスサノオはさして気にもしていない様子だ。
『だって、俺とイザナギが一緒に居ると、姉様凄い怖い顔するし…』
得てして兄弟は末の子になる程に怖い物知らずになると言うが、正にスサノオもそのタイプだった。無邪気に笑う彼の言葉は、時に屈託なく魂を揺らし、そして切り裂く。
アマテラスは思わず白い掌で顔を覆ってしまいたくなった。嫉妬にも似た感情を認めたくないと、押し殺していたのに易々と見抜かれたから。
自分とスサノオを生んだイザナギを、憎んでいる訳ではない。けれども、スサノオと一緒に居る彼を見ると、異様に胸がざわめくのだ。
一段と色を暗くした焔が、ぢりぢりと音を立てて、アマテラスの身の内を焦がす。それは宿主である少女が、常々感じている想いにも似ていた。隠せない劣情が、嘲笑いながら本能に語り掛ける。
(トラレタクナイノデショ?)
ぞわりと背中が冷たくなって、アマテラスは微かに喉を震わせた。どうしようもなく苦い味のする嗚咽が込み上げそうになるが、隣のスサノオに露見してしまわないように堪える。
『姉様、どうしたの?』
結局努力の甲斐も虚しく、気が付いてしまったスサノオが、慌てて手摺から飛び降りて来てしまった。元来、純粋で優しい彼のことだから、姉の異変を放置出来る訳がなかった。
『何でも、ないわ。大丈夫よ』
精一杯の笑みを繕ってみたものの、声が情けなく滲んでしまう。しまった、と思った瞬間には、既にアマテラスの体はすっぽりとスサノオの腕の中に包まれていた。慣れない温もりに、慌てて体を引き離そうとするが、存外に強い華奢な腕は、簡単には解けない。
『離して頂戴』
懇願するように囁いたが、黒い制服によって埋め尽くされた視界は一向に明るくならない。遂にアマテラスが困惑し切ってしまい、泣き出してしまいそうになる頃、やっとスサノオが口を開いた。
『…姉様、笑ってて?俺は笑ってる姉様の方が好きだよ』
雷に撃たれたような衝撃に、アマテラスは目眩を覚えた。これ程迄に酷な願いが有っただろうか。喉元に蟠る悲鳴が行き場を失い、空虚に堕ちて行く。
『えぇ、そうね…、ごめんなさい』
顔は見えないが、きっとスサノオのあどけなさに彩られていた笑みは、色を変えてしまっているのだろう。アマテラスはそんなことを思いながら、弟の声に耳を傾けていた。
優しく髪を撫でるその手付きが、どうしてだか酷く愛しく、憎たらしく感じてしまうのは、きっと。募っただけの想いの刃を、突き立てることも出来ない存在が居るから。
だけど、その傍らで笑う少年が、誰よりも美しいことを、少女は知ってしまった。閉じた願いを灼き払った後に残る埋み火も、やがては消えてしまうのだけど。


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六万打の影主×影村とは別口でお受けしたリクエスト。
『影村←影雪子の無意識シスコン&ブラコン』と言うリクに応えれてますでしょうか?
有難うございました。

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