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□番長様が見てる
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ある朝学校に行くと、長太郎の席にスケ番長がいた。
余りにも突然のことで、二度見してしまったが、見間違いではない。
女子生徒の制服を着ているのは、間違いなく長太郎だ。
銀灰色の髪を緩い三つ編みにして、黒いパーカーを羽織っている姿が恐ろしく似合っている。
大騒ぎになりそうな状況だけど、幸い教室は無人なので、注目は集めていない。
「何バカなことしてんだよ。文化祭は終わりだぜ?」
ツッコミを入れるのも疲れるけど、放置すると後々面倒なことになるので声をかける。
「女になってしまった」
そう言いながら、長太郎は長い睫毛を伏せて、さめざめと泣いている(フリをしていた)
声も高くしてて、妙に凝った悪戯だ。
ああ、また何時もの悪い癖が始まったよと一笑してやろうとした。
けど、俺の顔は笑いを作る一歩手前の所で、がっちりと固まってしまった。
女装姿の長太郎にはなかった胸があるのだ。
詰め物なんかで作ったんじゃない、自然な胸が。
しかも、巨乳。
しっとりとした重さの、柔らかそうな胸に釘付けになってしまうのは、この際許して欲しい。
俺だって男だ。
しかも、全体的に華奢になって、身長も低い。
ざっと見て、里中と天城の中間位といった所か。
「なぁ、お前本当に長太郎?」
「そうだ。朝起きたらこうなってた。とりあえず、お前に相談しようと思って、学校に来たんだ」
さらりと恐ろしいことを言う長太郎の声は、紛れもない女の物。
意志の強い瞳に宿る色は、紛れもない銀の燐光を放っていて、もう本人としか思えない。
「テレビの中の影響かな…。クマに相談すっかなー…」
俺のチキンなハートはもうこの事態に悲鳴を上げている。
現実逃避するみたいに、長太郎の低くなった頭を撫でてやると、心地よさそうに目を細めた。
「…っ」
高校生とは思えない色気を放つその仕草に、思わず俺は心臓が高鳴ってしまう。
健全な男子の前に、こんな可愛くておっぱいが大きい子がいるのだ。
平静でいろという方が無理だろう。
どうせ中身は長太郎だし。
「なぁ、長太郎。その胸本物?」
髪を撫でていた指を、白い首筋に這わせる。
吸い付くみたいな、肌理の細かい手触りに思わず溜め息を吐いてしまう。
「…試してみる?」
蠱惑的な微笑を浮かべた唇が、甘く誘惑する。
柔らかな掌が俺の手を包み、制服越しでも解る弾力のある膨らみへと導かれ…。
「ちょっと待て!!」
バァン!と、教室のドアが外れそうな位の勢いで開かれる。
「え…?」
余りの轟音にそちらを見れば、鬼のような顔をして息を切らせる長太郎がいた。
こっちは見慣れた男子用の制服を着ていて、身長もちゃんと俺より高い。
でも俺の前には、女の子の長太郎がいる。
「あれ…長太郎が二人?」
混乱してきた頭がズキズキと痛み出す。
ヤバいな、幻覚見えてるのかな。
「陽介から離れて」
「あら、バレちゃったか」
男の長太郎が女の長太郎を俺から引き剥がす。
くすくすと笑いながら女の長(略)は緩く編んだ三つ編みを解いた。
ふわふわの銀灰色の髪が、肩を覆い、男の長(略)と同じように輝いている。
「悪ふざけが過ぎるよ、詩奈(しいな)」
「ごめんね、長太郎」
詩奈と呼ばれた少女を諌める長太郎が、困ったように笑う。
「陽介、困らせてごめん。改めて紹介する。彼女は番詩奈(つがい しいな)。俺の双子の姉なんだ」
「あ、ね…?」
よく似た顔が二つ並んで、穏やかに微笑んでいる。
何だか信じられないような光景だけど、あの長太郎の姉のことだ。
決して一筋縄ではいかないに決まっている。
「ごめんね、陽介。長太郎から話聞いて、君に興味があったから来ちゃった」
「いいから詩奈はさっさと堂島家に戻る。俺が学校終わるまで大人しくしてて」
「つまらない…」
詩奈は不満そうだったけど、少しずつ教室に人が増えて来たのを感じてか、帰り仕度を始めた。
「じゃあ放課後に」
「うん、解った」
長太郎と挨拶をして、ふわふわの髪を揺らしながら帰る姿は本当に可愛かった。
日常の中に突如現れた非日常だけど、たまにはこんな体験も悪くないかもしれない。
「ところで陽介。詩奈と何しようとしてたの?場合によったらタダじゃ済まさないよ」
…いや、前言撤回。
綺麗に笑う長太郎が、あり得ない位冷たい空気を撒き散らして俺を睨んでいる。
「あれは事故…」
「お仕置きだな、陽介」
あんまりな仕打ちです。
神様、仏様、番長様!



おわれ。




キタローとハム子みたいな。
番長か女番長か選べたらいいのに。

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