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□37.8℃のシンデレラ
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「おはよう…」
月曜日長太郎は、マスクをして教室に現れた。何時もならば艶のある声は完全に嗄れてしまっていて、ざらざらとした音を含んでいる。動作もどことなく緩慢で、精細さを欠いてしまい、体調不良をありありとこちらに伝えて来る。
「ちょ、番君大丈夫?」
「お家で休んでなくて良かったの」
里中と天城が口々に問うと、淡く笑みを浮かべて長太郎は「大丈夫だよ」と言った。たったそれだけを喋っただけなのに、ぜいぜいと弾ませた息が苦しそうだった。
体調が悪いというのに、授業中の長太郎の背中は真っ直ぐに伸びていた。本当に変な所で真面目な奴だと思う。


「大丈夫か?」
すっかり春めいた陽射しが降り注ぐ屋上。昼食を二人で摂るが、長太郎は持参した弁当を半分しか食べられなかった。
「土日の間に菜々子が風邪引いて…。もうすっかり完治したけど、今度は俺が…」
弱々しく笑う長太郎だが、その顔は満足そうだった。バイトも断り、付きっきりで菜々子ちゃんの看病をしたそうだ。
「本当に、天城の言う通り家で休んでた方が良かったんじゃないのか?」
長太郎の額に触れると、確かに熱くて、朝より確実に症状が悪化している。熱で潤んだ瞳は、どことなくセックスの最中を思い起こさせてしまう。額に当てた掌を首筋の方へと滑らせる。更に薄い皮膚は、火傷しそうな程の熱さだ。
「もう…時間がないから。陽介と一緒に居たい」
俺の掌を享受しながら、そう呟く声。独り言だろうか。いつも強く前を向く長太郎らしからぬその言葉に、酷く胸が締め付けられてしまう。言葉に詰まり何も言えない俺にも、残酷な春の足音は確かに聞こえていた。
結局その後、長太郎は俺の膝を枕にして眠ってしまった。学生服の上着を脱いで、長太郎に掛ける。午後からの授業の始まりを告げるチャイムは、この際無視しておくことにする。
「俺だって…傍に居たいよ」
慈しむように髪を撫でてやると、僅かに口元が綻んで猫みたいに背中を丸めた。愛しくて仕方ない。この綺麗な存在が。
時間よこのまま止まれと願っても、叶わない。諦めるよりは、もっと鮮やかな思い出を重ねてしまおう。一年後、十年先。それからもっと。消えないように、幾つでも。

優しく頬に触れる風を何故か冷たく感じる。こんなにも暖かな、午後なのに―。


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鐘よ、鳴らないで―。
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