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□魔女ノ条件
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英雄の条件」の続き。
P4A設定。
番長→鳴上悠でお送りします。





恍惚の調べを、
聴くのはだぁれ?


不意に記憶に蘇る、「誰か」の慟哭。
何て甘美な響きだろう。
少女の内で、桜の姫を象った影が笑った。
少女の影―コノハヤサクヤは、鳥が鳴いてみせるように、くつくつと喉を震わせる。
可笑しくて堪らない。
愛しくて、堪らない。
だって、あの怜悧な少年が、少女の一挙一動に怯え切っているのだから。
自信に満ちて輝いた瞳など、とうに過去へ消えてしまった。
他の仲間の前では、至極冷静な少年だが、少女と二人切りになると、途端に豹変する。
あの夏の日、コノハナサクヤの焔が、月を灼き尽くしてしまったのだから。
切っ掛けなど覚えていない。
只、迎えてしまう終わりに恐怖していた少年―鳴上悠の精神が、僅かに揺らいだ。
そして、コノハナサクヤの宿主である少女の放った一言が、揺らぐ心を見事に斬り裂いたのだ。


『モウミンナデ集マルコトモ、ナインダネ』


少女も悪意が有って放った言葉ではない。
寧ろ、終わりを惜しんでいたからこそ出てきた言葉だ。
けれど、それは面白い程に鳴上悠の精神を掻き乱し、彼を追い込んだ。
灼き払われて踏み躙られた心は、容易く敵のまやかしに呑まれてしまい、仲間達を窮地に晒した。
―尤も、直ぐに鳴上悠が相棒と呼ぶ別の少年により、その状況は打破されてしまったけれど。
宿主の少女は、件の少年が行った鳴上悠の救出を手伝い、そして帰還を喜んでいた。
『余計なことを』
常に鳴上悠に寄り添う少年に対して舌打ちをする。
我こそが鳴上悠の相棒と自負する少年が、友情以上の感情を抱いているのに気付いていたから。
コノハナサクヤにとっては何とも面白くない展開となってしまった。
苛立ち紛れに放った力は、思いの外に巨大な極焔を生んで、敵の鎧を灼き払った。


それから暫くして月日は流れる。
だらだらと暑い夏が終わり、漸く訪れた秋が深まった頃、鳴上悠の従妹が誘拐された。
取り乱しそうになった鳴上悠を支えたのは、またしても相棒の少年だった。
予想通りの展開だったが、コノハナサクヤはそれよりも救出に意識を傾けることにした。
幾ら人間が刹那に生きる定めを負っていたとしても、幼い命まで枯らしてしまう所以はない。
苛烈な戦いの末に、無事に小さな少女を助け出すことが出来た。
再び鳴上悠の心が乱れ始めたのは、丁度その頃からだ。
毎日休まず学校に通い、叔父と従妹を見舞い、灯りが消えた家に帰る。
繰り返される孤独な日々が、じわじわと彼の心を蝕んだ。
仲間達から掛けられる声も、何処か上の空で聞いている。
だからコノハナサクヤは宿主である少女の意識を眠りの淵に引き摺り込んで、身体の主導権を奪った。
そして旅館の板前に、鳴上悠を見舞う食事を作らせて、彼の元へと赴いた。
「今晩は―『鳴上君』」
「天城…」
暗い玄関でコノハナサクヤを出迎えた鳴上悠。
憔悴した様子を隠すことなく、彼女を室内に招き入れた。
家の中は最低限の電気しか点いておらず、非常に暗い。
それ以上に、彼が帯びている翳りが暗闇に拍車を掛けている。
「板前さんにね、栄養のあるお料理を作って貰ったの。最近元気がないから…」
寒々しい居間で佇む鳴上悠に、まだ温かい料理が詰まった重箱を渡す。
「ありが…とう」
僅かに逡巡した後、重箱を受け取る彼の指は、驚く程に冷たかった。
指先が一瞬触れただけなのに、弱々しく笑う瞳の奥で、怯えの色がちらつく。
思わず込み上げそうになる笑いを必死に堪えて、コノハナサクヤは言葉を続けた。
「他に困っていることとかないかな?私に出来ることは少ないけど、何でも力になるよ」
首を傾げて、あくまで「天城雪子」として振る舞う。
「大丈夫…、俺はだいじょうぶ、だから…」
ぜい、と苦し気に喉を引き攣らせ、鳴上悠が言った。
『だいじょうぶ』と常より幼い声で自分に言い聞かせる姿が痛々しい。
気丈な少年の揺れ動く心の音が、甘美な響きとしてコノハナサクヤの魂を震わせる。
「そう…。じゃあ私は帰るね。暖かくして休んで…」
慈愛に満ちた笑みを浮かべ、適当な所で別れの挨拶を繰り出す。
びくりと震えた鳴上悠の肩を見ない振りをして、背中を向ける。
「…っ、天城、待って!」
途端に力強い腕に引き寄せられ、目の前一杯に少年の顔が広がった。
ああ、抱き締められているんだ―と、何処か他人事のようにコノハナサクヤは思う。
「…鳴上君?」
「待って、まって…。独りに、しないで…」
今にも泣き出しそうな声が耳を擽る。
凛と前だけを見据えていた瞳からは、色のない雫が止め処なく溢れていく。
縋るように抱き締められ、長い指が痛い程背中に喰い込む。

―堕ちた。

心の内でコノハナサクヤが微笑む。
呆気なく手にした勝利。
急に目の前で慟哭する少年が、愛しくて仕方なくなった。
自分に怯え切っているのに、孤独に負けて服従を示したのだから。
恍惚の表情で、鳴上悠の頬を撫でてやると、形の良い唇で口付けられた。
初めて交わす口付けは、涙の所為で酷く塩辛かった。
「ゆき、こ……」
「千枝の所に泊まらせて貰うって、電話させて…」
尚も重なろうとする唇を、自然な仕草で交わして携帯を取り出す。
幼馴染みの少女の名前を出せば、両親もきっと疑うことをしないだろう。
コノハナサクヤの予想通り、あっさりと外泊の許可が下りた。
幼馴染みの方にも電話をし、正直に鳴上悠の家に泊まることを伝える。
体調が悪そうだから、一晩看病すると言うと、電話の向こうの少女は明るく笑って了解してくれた。
あえて、その声に潜んだ嫉妬は聞かない振りをしておく。
電話をしている間中、鳴上悠は冷たい床の上に座り込んで、指一本たりとも触れては来なかった。
捨てられた猫のように不安そうな影を纏い、黙りこくる姿から光は失われていた。
「もう大丈夫だよ」
そっと少年に歩み寄り、顔を覗いてやると、弾かれたように抱き締められた。
「寂しかった?」
少し甘く問い掛ければ、壊れた振り子のように肯定を示す首。
「部屋…行こう」
絞り出されるような囁かれる、言葉の先に待つ引き返せない選択。
宿主の少女も、鳴上悠にただならぬ好意を寄せていた。
だから、口付け以上の行為に及んだとしても、不幸にはならないだろう。
眠っている間の記憶を整合して、辻褄を合わせてしまえば問題ない。
「うん…」
鳴上悠に差し伸べられた手を取って、階段を上がる。
一段ずつ上がっていく途中、どうか後ろを振り向かないで―と、コノハナサクヤは願った。
どうしようもない表情をした自分を見られたくないのは、最後の良心だ。
遠くに連れ出して欲しいと願っていたお姫様は、動けないまま遂に魔女になってしまったのだから。



幼い子供のように、少女の胸に顔を埋めて眠る少年は、そんなこと何も知らないけれど―。





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ドS影雪子の本気。


P4Aの12話オーディオコメンタリーで、監督が「雪子の一言が、悠の心を乱す切っ掛けになった」って言ってたのに、激しく悶えて書いた。

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