□あまのじゃく
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水面に映った人影に気付き振り返った。

「朽木隊長。何の用?」

「奏」

「名前で呼ばないで。」

白哉は表情を変えない。

かつて二人は近い存在だった。

お互いを理解し、信頼していた。

共に戦い、背を、命を預け刀を振るった。

誰よりも近くにいた。

「何をしている?」

「月をみてるわ。水面に映った月を、ね」

水面にぼんやりと浮かぶ月。

近くにあり、そして手は届かない。

まるで今の二人のよう。

「そうか。」

「貴方は?池くらいなら屋敷の庭にあるでしょう。」

「散歩だ。」

こんな夜更けに散歩。

嘘では無い。

少し眠れなかったため夜風を浴びにきたのだ。

そして彼女の霊圧を見つけた。

「そう。」

「久しいな、二人で話すのは。」

「そうね。」

「相変わらず、といった所か。」

「まさか、変わったわよ。」

「そうか?」

「そうよ。大人になったわ。」

「私には変わっておらぬように見えるがな。」

「貴方には関係ない。」

奏は水面を見つめている。

ただ執拗に水面を一点に。

「そうか。」

会話が長く続くことは無い。

白哉は奏の隣へ腰掛けた。

「散歩なんでしょ。どっか行きなさいよ。」

「何故?」

「目障り。」

「水面しか見ておらぬのに?」

「そう。」

奏に一筋の涙が伝う。

「どうした?」

「なんでもない。」

月明かりに反射して光るその涙は美しかった。

「頬に伝っているのは?」

「知らない。」

奏はふと立ち上がり、そして歩き出す。

「おい」

奏の進む先に道はない。

そこに水面が広がっているだけ。

同じ歩幅で歩いた。

そして水面へ足を踏み入れる。

音を立てず。

ただ波紋を広げ。

この池は底が深い。

白哉の声も届くことは無く奏はあっという間に胸元まで水に浸かっていた。

いくら春を過ぎたからといってまだ夜は冷える。

水はもっと冷たいはずだ。

奏の長い髪は水面に広がっている。

白哉はそれを美しいと思ってしまった。

「奏」

戻って来い、そんな一言が出てこない。

止めにいかなければ、そう思った。

もう二度と戻ってこない気がして。

思考より体が動いていた。

池へ入り水を掻き分けるようにして進む。

そして、奏を抱きしめた。

「馬鹿者。」

「白哉の方が馬鹿だよ。こんなとこまで追いかけてくるなんて。」

奏は冷たい。

「風邪を引くぞ。」

「白哉もね。」

「全く、何をしているのだ。」

「月、取れるかなって思ってさ。」

「月?」

「そう、あれ。」

水面に揺れる月を指差した。

「月が欲しいのか?」

「綺麗だから。」

「馬鹿者。」

抱きしめた腕に力がこもる。

なるべく体温を下げぬよう。

奏が遠くにいかぬよう。

「月、やっぱりとれないや。」

水が体温を徐々に奪っていく。

「上がるぞ。」

抱きしめたまま。

否、抱きかかえて池から上がった。

濡れた着物は重く、冷たく肌にまとわりつく。

「ごめん。」

「何がだ?」

「迷惑かけた。」

「私が勝手にやっただけだ。」

「風邪引いちゃうかも。」

「構わぬ。」

「隊長さんでしょうが。」

奏はクスリと笑った。

何年ぶりの笑顔だろうか。

暫く見ていなかった気がする。

「私はお前の方が心配だ。」

「馬鹿だよ、白哉は。変わってない。」

「お前もだ。」

「着替えなくちゃ。」

「帰るのか?」

「そうだけど。」

奏は不思議そうに瞬きをした。

「濡れたままか?」

「そうだけど?」

「冷えてしまうであろう。私の屋敷の方が近い。」

「別にいいよ。帰るもん。」

「いいから来い。」

白哉は奏の手を引いて屋敷へ向かう。

朽木邸は当主の帰りを待つように玄関の明かりがついている。

戸を開ければ側近の清家が迎えた。

「水を被った。」

「左様でございますか。」

「奏の宿泊の用意をしろ。」

「白哉?」

「何だ。」

「アタシ帰るけど。」

「このような夜更けに返すと思うか?」

「…」

「泊まっていけ。」

「…」

「いいな。」

「…」

白哉は奏の手を一層強く握る。

「お湯の用意は出来ております。」

清家は頭を下げて奥へ消えていった。

湯を浴びて白哉の着流しを借りた奏は布団に入ってもなかなか寝付けなかった。

「眠れぬのか?」

「別に。」

「そうか。」

白哉は奏の布団へ潜り込んだ。

「ちょっ」

「私は眠れぬ。」

奏を抱えるようにして白哉は目を伏せる。

「私の傍にいろ。いいな。」

「アタシにはそんな権利ない。」

「それは私が決めることだ。」

「…強引。」

「お前が傍にいるならなんだってする。」

「馬鹿だよ、ホント」

「それでもいい。」

「…もう」

言葉が出ない奏に気を遣ったのか白哉はおやすみといった。

「…おやすみ」

奏も目を伏せた。

                  完
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