□優しさなんかじゃなくて
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秋風が頬を撫ぜた。

夏の終わりを告げる風。

「奏、こちらへ。」

「なんでしょう?」

「もう少し私に寄れ。風邪を引いてしまう」

「はい。」

白哉は自分の羽織っている上掛けを奏に掛けた。

奏は家族同士の利益の為に朽木家へ嫁いだ。

二人の間に愛というものは無く、世間的に云う政略結婚。

無論、一隊の隊長である白哉が邸で過ごす時間などたかが知れているため二人の距離が縮まるはずも無い。

他人行儀な奏と奏への振る舞いに試行錯誤する白哉。

ここまで来るのに1年の月日が流れていた。

「ここにはもう慣れたか?」

「ええ、まぁ。」

「暇を持て余しているのではないか?」

「いえ、大丈夫です。」

「たまには実家に顔を出して来てはどうだ」

「実家にですか?」

「ああ。職務が終わったら迎えに行く。」

「そうですか…」

白哉の突然の発言で奏は言葉を繋ぐのに必死だ。

「帰りにどこかに寄り食事でもせぬか。」

「構いませんが…」

「たまには二人の時間を持ちたいと思ってな」

奏はこれが夫婦なのか、と思う。

貴族としての面目を立てるため、か。

「分かりました。では、明日実家に顔を出してきます。」

「うむ。では早めに切り上げて迎えに行く」

「はい。」

おやすみなさいと告げて奏は床に付いた。

夫婦でありながら寝室も別れている。

使用人いわく遅く帰ってきた時に奏を起こしてしまわないように、という計らいだそうだ。

それも本当なんだか、という不安に駆られてしまう。

夫婦とはこんなに不安定なものなのか、とさえ思う。

翌日、白哉の出勤を見届けてから実家へ向かった。

両親も使用人達も庭も部屋の一つ一つさえ懐かしい。

緊張の紐が解かれていくようだった。

のんびりと羽を休めているうちに気付けば日が沈んでいる。

白哉が迎えに来て実家を出た。

少し名残惜しい気がする。

「どうであった、久々の実家は?」

「ゆっくり羽を伸ばせました。」

「そうか。」

その後は白哉が予約した料亭まで終始無言だった。

料亭に着き、料理が運ばれてきてもそれは変わらない。

「あの…白哉様?」

「どうした。」

奏は心内に秘めた思いを白哉に伝えようと思い切って沈黙を破った。

「白哉様は・・・どうして私を選んだのですか?」

「どうしたのだ、突然。」

「いえ、婚約者候補は他にも沢山いらっしゃったと聞いたので。」

白哉にはずっと昔から沢山の縁談が持ち上がっていた。

婚約にあたって奏の家よりも好条件を出す家などごまんといた筈だ。

それなのに白哉は奏を選んだ。

「奏が私を見ていたからだ。」

「白哉様を?皆さんそうでしょう?」

「お前だけは私自身を見てくれていた」

「よく意味が分かりません。」

「そのうち分かる。」

その時白哉がなんとなく微笑んだ気がした。

店を出て、邸へ向かう途中小さな小物屋を見つけ立ち寄った。

「奏」

「はい?」

白哉は桜色をした髪飾りを奏の髪に合わせ微笑んだ。

「よく似合っておる。」

「そう、ですか?」

「ああ。」

気恥ずかしくなって目を逸らす。

その先にはペアリングが並んでいる。

中でも何の飾りも無いただのリングに目を挽かれた。

「ペアリング、か。」

奏の目に留まったリングを白哉も気に入ったらしく髪飾りとまとめて会計を済ませる。

白哉は買ったばかりのリングを奏の指へ通した。

「白哉様…」

「あまり夫婦らしい事をせぬままであったからな。」

「ありがとうございます」

帰路に着きながら質素なシルバーのリングを見つめれば月光に反射し輝いている。

「奏。」

白哉へ振り返れば抱き寄せられた。

「白哉様」

「白哉でよい。」

「あの…」

「私に遠慮は要らぬ、良いな?」

「はい。」

「では、帰るぞ。」

「はい。」

白哉見上げ微笑んだ奏を見て満足げに歩き出す。

奏は白哉の手を握った。

白哉は少し驚いた顔をしてその手を握り返しす。

二人を月明かりだけが見守っていた。

                完
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